歴史

2009/05/10

「田母神氏の歴史認識が見落としていること」の続き

GWは政治のニュースもあまりないので、たまった本を少し消化しようと読み出したら止まらない!

山崎豊子氏の新刊「運命の人」を買いに行ったら書店に並んでいなかったので、まだ読んでいなかった「沈まぬ太陽」①~⑤を数日かけて読んだ。

労働組合が労使協調の美名のもと、利権組合と成り果てていく様がおぞましかったが、「アカ」「代々木の秘密党員」「闘争至上主義」というレッテルを貼られ、あからさまなイジメに合う主人公の精神力にも恐れ入った。共産党系労組と違い民主党支持基盤の「連合」も御用組合だけど、イデオロギー労組、御用組合、どちらにも問題がある。

主人公は実在のモデルがいるとのことだが、政官業癒着の腐敗構造にメスを入れるには、清廉潔白な人道主義者ではお手上げである。大企業の経営とは「政治」だということがよくわかる。政治力とは、やはり毒を以て毒を制す力なのである。

夢中で本を読む快感が戻ってきてしまい、きょうもたくさん本を買ってしまったので、この際、数ヶ月読書にいそしもうと思う。ブログは週一くらいになる・・・かな?時々出てきて、本の感想でも書きます。

ここから本題

田母神氏の歴史認識が見落としていること。日本が真に自立するために」の続き

ヒトラーがズデーデンに侵攻し、第二次世界大戦の導火線となった。
一方、(コミンテルンが入り込んでいた)米国中枢の圧力によって追い込まれた日本政府は、長期化すれば不利となる日米開戦に反対であった山本五十六大将の「緒戦を制する自信有り」とする言を信じ、真珠湾奇襲作戦を断行した。

ここに日米開戦の火ぶたが切って落とされた。三国軍事同盟に依っていた日本は、こうして第二次世界大戦に巻き込まれていったのである。日英同盟の破棄、三国同盟の締結、歴史を教訓とするならば、これらの日本の選択の是非を最初に検証するべきではないか。世論に受ける「空気」に流されることは厳に戒めなければならない。

田母神論文がもてはやされ、保守層から正論であると認定を受けている中、異論は唱えにくいが、なんでも右へ倣えでは物事の本質を見失わせる。対中国・朝鮮への反日史観の反証として用いるならば、負の側面も必ず検証しておく必要がある。

圧倒的軍事力の差を知りながら、日米開戦に突入せざるを得なかったのは、当時の政府を一概には責められないだろう。しかし、「戦争ありき」で突っ走っていった軍官僚の情報操作もあった。山本七平が「官僚制度が日本の針路を誤らせた」と喝破している。官僚組織が最終的な責任を負わず、GHQの官僚機構解体の手を逃れ、看板の付け替えで終わったことを見るにつけ、日本の政治がいまだ成熟していないと嘆息せざるを得ない。

田母神論文を過日批判したが、エントリーに付け加えて結論部分をもう一度書いてみたくなった。麻生首相の「第二次世界大戦は真珠湾攻撃で始まった」に反応してしまい、「麻生発言は正しい」と教えていただいたが、最後にエントリーの趣旨が曖昧になってしまった。今でもやはり「真珠湾攻撃によって日米開戦」と言ってもらったほうがピンと来る。

私が「自虐史観からの脱却」を果たしたのは、保阪正康氏の本だったと思う。「諸君!」「正論」などに寄稿する保守論客達には評判の悪い保阪氏であるが、マイナスの側面にも遠慮会釈のない保阪氏の解説が私の感覚にぴったり来た。

だが、誰の言い分であっても丸呑みはしない。それは嫌いな人の言い分であっても、賛同する部分はきちんと評価するという姿勢でもある。阿川弘之氏とか、いろいろ読んだけど、忘れた。私にとっては、それほどインパクトがなかったということか。休刊となった「諸君!」や「正論」でたくさん勉強させてもらったが、最近は「保守」をことさらに強調する論客の経済音痴が鼻について、放り投げてしまった。

佐藤優氏の「日米開戦の真実」は、GHQの日本人洗脳方法が詳細に語られていて、改めて戦後民主主義の呪縛が解けていない日本の姿を痛感した。かなり忘れているので、もう一度読まなきゃ。佐藤氏自身の「国家主義」的な保守理念はいまひとつ共感できないのだが。

田母神氏の主張は基本的に賛同するし、正論であるとも思う。勇気のある人だと私も好意的に見ているが、朝生テレビで天皇陛下が開戦を認めていたという一言に引っかかり、本意を問いただしたくなった。やむなく認めた・・・ではない言い方だったので・・・。あの戦争が昭和天皇にどれほどの深い心の傷を負わせてしまったことか。ギリギリまで戦争回避を模索していたことは、陛下に謁見した東条英機が「陛下の御心は戦争回避であるぞ」と廊下を歩きながら大声で触れ回ったというエピソードにも表れている。

自衛戦争であったと正当性を説くには、大変ナイーブな問題が存在しているのである。

私が右翼も左翼も嫌いだと言うのは、たとえば昭和天皇が明治天皇の「よもの海みなはらからと思ふ世になど波風のたちさわぐらむ」という御製を引用し、日露戦争で海に散った御魂を悼む心に重ね、会議の場で婉曲的に「戦争回避の意」を伝えたことについて、左翼は天皇が「反戦」であったかのように「平和主義」の根拠にし、右派は「だからといって跳ね返りの青年将校や国粋主義者達が天皇陛下の意に背き、道を誤って侵略戦争を起こしたように言われたらたまらない」と反発する。そして明治天皇は「荒波をけたててはしるいくさぶねいかなる仇かくだかざるべき」と兵を鼓舞する御製も残しておられるのだと、「正当性」の根拠にする。

「平和主義」の根拠にしているのは、たとえば中曽根総理(当時)のブレーンであった香山健一である。明治天皇の御製の意味を「「世界の人びとは皆兄弟だと自分は思っているのに、どうして平和を乱す波風がたちさわぐのであろうか」と解釈しているようだ。「沈まぬ太陽」は中曽根政権の時代だが(小説の中では利根川総理)、「総理はアカからの転向組をブレーンにしている」という記述があって、これは香山氏のことだろうか?

日露戦争はまさしく自衛の戦争であったが、御製の捉え方がどちらも間違っている、と思う。明治天皇は「人類皆兄弟」を詠んだものではなく、まして昭和天皇は「日米開戦に不安を抱いていた」から引用したのではない。明治天皇は日本のために雄々しく戦った兵士の御魂を慰めつつ、否応なく波風が立ち騒ぐ国情を憂い、慈しむ民を失う親の悲しみを御製に込められたのだと思う。昭和天皇は開戦か否かの瀬戸際で、親の心は民を守りたい、その一念であったと想像する。天皇とは国と民の安寧を祈り続ける祭司長なのである。想像ではあるが、その後の昭和天皇の「いやだったことはあの戦争」というお言葉などから私はそう解釈している。「イヤ」という言葉が思いがけず心情を吐露されたようで、ハッとさせられた。

御製の解釈は、雑誌かネットか?保守論客のどなたか忘れてしまったが、私と同様の解説をしていたので意を強くした。

稚拙な外交が行き詰まり、到底軍事力に叶わぬ米国との開戦についに追い込まれた日本の行く末を思い、昭和天皇はただただ我が子を失うごとき悲しみを湛えておられたのではないか。私には戦争を一点たりとも美化することはできない。深い悲しみと悔恨がわき起こるのみである。冨田メモや卜部日記の真意を詮索することさえ控えたいと思う。静かに頭を垂れるのみ。

平成の代に移り、今上陛下と皇后陛下が慰霊の旅に赴かれるのは、昭和天皇の辛かった御心をお慰めする旅でもある。かつて両陛下がハワイの真珠湾をお訪ねになることを望まれたが、見送られたとのことである。いつかその目でご覧になる時が来ることだろう。

◆日々是語草◆
渡辺喜美の「絶対の決断」感想。麻生政権は羊頭狗肉

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2009/04/27

田母神氏の歴史認識が見落としていること。日本が真に自立するために

田母神氏の評論は賛同することが多いが、違和感をぬぐえないのはなぜだろうと考えていた。朝まで生テレビで田母神さんの「日米開戦はなぜ回避できなかったのか」を聞いてはっきりした。

あまりに一面的かつ思い込みに近い。田母神氏は左翼を笑えない。反日史観に反論するものとしても弱い。負の側面を検証しなければ、反論資料にはならないのである。

佐藤優氏は「田母神論文は“反米”なのである」として、右でもなく左でもない視点を示していたが、田母神氏はそこまでの意識はないと思う。安全保障は「同盟国であっても信用できない」のが前提条件だからである。

ただ保守論客の性向には、日本の素晴らしさを語りたいあまり、欧米との比較をすることが多い。文明比較論にもなっていないので、田母神氏の台詞ではないが、「日本は良い国だ」ということを手を変え品を変え書き続けたいだけなのだとわかる。彼らは一様に「小泉改革が日本をダメにした」と信じている。

彼らは言う。米国には伝統がない、原住民を皆殺しにした、バッファローを殺しまくった、それに比べて日本はなんと素晴らしいというパターン。私も日本人であることに誇りを持っているが、他国の悪いところをあげつらってまで日本の価値を引き上げたいとは思わない。田母神氏の論文を読むと、「正論」あるいは「諸君!」の反米的な保守論客達に影響されていると感じる。田母神氏は、あまりに素直に「光の部分」のみを歴史認識として作り上げてしまっている。

田原氏の「負ける戦争をやったことが日本の間違いだったんだよ」に私は同意する。「緒戦は勝つ自信があると言って始めちゃった。でも、緒戦だけで最後には勝てるわけがないとわかっていたのになぜ・・・」というのも私が考えてきたことと同じ。

田母神氏は「やらなければいけない戦争だった」と感じている。なぜならアジアは欧米の植民地政策の餌食になっていたのだから、日本も必ず植民地化されたはず。自衛のため、アジア解放のため欧米の植民地化政策に対抗することが日本の取るべき道だった・・・と。

右派の「自衛戦争であった」の背景にある歴史認識そのものである。

欧米は日本を植民地化できないことを知っていた。江戸時代に宣教師が日本人の知的レベルを見て、植民地化を諦めたという逸話はダテではない。開戦当時は、アジアの覇権国家として立っていたのである。

田母神氏はそれも承知の上だろう。しかし、敵を欧米の「植民地政策」とすることが一面的なのである。

一言で言えば、アメリカが反共産主義としての砦である日本を見誤ったのである。アメリカ政府の傲慢さが日本を戦争に追い込んだのは事実である。しかし、判断を誤らせた原因は日本の「交渉力」のなさであった。

チャーチルがこんな内容のことを言った。「日本はこちらが要求すると微笑んで『わかりました』と言う。それではもうちょっと要求すると、今度も『わかりました』。ではもうちょっといいかな?と思って、さらに要求すると『いいかげんにしろ!』と怒って殴りかかってくる。それなら最初から『ここまでは呑めない』と本音を言ってくれたら交渉の余地があったものを・・・」

日本には、戦略的外交など最初からなかったのである。

国際連盟を脱退した経緯もそう。当時のマスコミに煽られて、国民は「日本の気概を見せた」と拍手喝采した。

朝生で「防衛大学校では戦略の勉強をするの?」と質問があった。田母神氏は曖昧に肯定していたが、田母神氏と対談したことのあるパネラーが、タブーが多すぎて戦略を勉強する土台がないと答えていた。日本には過去から現在に至るまで、外交戦略・軍事戦略という政官一体の戦略などないのである。あるのは“戦術”のみ。

田母神氏の「核武装論」が端的に表している。現実に核武装するわけではなくとも、日本も核武装するぞ!という選択肢を放棄していないことを他国に示すことが抑止力になるという。それは駆け引きとしての戦術論であって、瀬戸際外交というものである。

当時、開戦間際まで親英米派の政治家は、水面下で米国と戦争回避のために交渉を続けていた。しかし、軍官僚の台頭あるいは陸軍・海軍の覇権争いによって国内での情報操作が行われ、政治主導がかなわなくなった。元首たる天皇陛下の御心さえ踏みにじったのが戦略なき軍部官僚の意地とプライドではなかったか。田母神氏が、天皇陛下が日本を守るために積極的に開戦を認めたような誤解をしていたのには、びっくりした。

日中戦争で関東軍を政治がコントロールできなくなっていたのも遠因となっている。もはや満州からは手を引けなくなっていたので、ハルノートは日本に決定的に開戦の扉を開かせるために仕組まれた最後通牒であった。

ソ連の脅威の前に“反共産主義”としての日本は、本来米国・英国と手を組まなければならなかった。米国政府がコミンテルンに操られていたというのは真偽不明の陰謀論の範疇らしいが、私は間違いなく米国政府に工作員が入っていたと思う。もう一つの覇権主義によって日米は追い込まれたのが歴史の真実であるというのが、私なりの結論である。

右派の「自虐史観からの脱却」は、田母神氏の歴史認識そのままであって、日本を植民地化しようとした米国が悪い、日本は自衛戦争したまでだ!と勇ましい。中国朝鮮の反日史観から洗脳が解かれることは大歓迎である。しかし、裏で糸を引く極左・共産主義の正体を見ずして「日本は悪くない」と正当性を主張し続けたところで挑発という工作が止まることはないのである。「反日史観」をいくら論破したところで虚しい。

一つの象徴である武士道賛美こそが、あの当時から現在までひきずる「戦略なき幼稚さ」に思えて仕方ない。「離間工作」「分断作戦」にまんまと乗せられたまま、今もなお検証もなく見過ごされているのである。

占領を指揮したマッカーサーは、少なくとも「日本にとっては自衛戦争であった」と認め、朝鮮戦争勃発によって「共産主義と戦っていた日本と戦争したのは間違いだった」と認めている。日本の愛国者は、そのことに溜飲を下げて「やっぱり日本は正しい。米国が悪い」と反米のモチベーションを維持しているようである。

不思議なことに「真正保守」を好む右派は、反米的であり、欧米より日本が道徳的に優れていると強調し、民より官を信頼する。あの戦争を「戦わねばならなかった自衛戦争」「日本人はみごとに戦った」と美化しているので、官の統制を自然に受け入れる素地がある。

違うのである。日米をはめたのは巧妙な離間工作であり、今も昔も政治が官をコントロールできなかったことが原因なのである。あの戦争の検証が済んでいないので、今もなお同じ課題が残っている。

村山談話や河野談話が歴史の狭間に落とされてしまったのは、政治の貧困、政治の弱体化に起因する。村山談話が閣議決定された経緯を見ると、まるで抜け駆けである。安倍さんは村山談話のかわりに安倍談話を出そうとしたが、外務官僚の手によって縛りをかけられていた。江沢民が訪日した時の日中共同宣言で「(日本側は)1995年8月15日の内閣総理大臣談話(村山談話)を遵守し、過去の一時期の中国への侵略によって中国国民に多大な災難と損害を与えた責任を痛感し」と村山談話遵守を約束させられていたのである。外務省のチャイナスクールは中共支部ではないか。阿南大使の頃は特に酷かった。

中国・朝鮮利権にどっぷり漬かってきた政治は官とつるみ、政官癒着の族構造を作り上げてきた。官は族議員の養成にいそしみながら、今なおその構造は堅固なままである。改革の道は険しい。

渡辺喜美氏は戦時体制からの脱却を謳う。官の統制こそ元凶である。たとえば軍官僚だった田母神氏が、政治の意思とは別に国民の見えないところで発言権を持っていたとしたらどうなるか。あんな幼稚な歴史認識で瀬戸際外交されてはたまらない。選良が国民に対して責任を負うのであり、官僚機構は有能な補佐役に徹しなければならない。

政治主導の確立、中央集権体制からの脱却の必要性に至るのが、あの戦争の総括なのである。

平沼氏や城内氏のように郵政民営化まで米国の陰謀に結びつけるような反米的思考、肥大化した官に依存する統制経済を良しとする社会主義的政策は、「真正保守」に共通している。しかし、これらは戦時体制を引きずったまま高度成長期を迎えたために、誤って「日本人として正しいこと」と評価されてしまったものなのである。一気に江戸時代にまで遡って「鎖国」を唱える保守論客までいる。

日本が真に自立するためには、政治主導による現実的国際協調を実のあるものにしなければならない。

①政治改革によって政治家の質を上げること、②霞ヶ関改革によって官僚が政治家をコントロールする構造を改革すること、③1940年体制からの脱却を目指さなければならない。私が断固として「真正保守」ではなく改革派を支持するゆえんである。

「ぶら下がり会見は立ち話なんだから記者会見じゃないだろ。上から目線?記者に気安く話すようにしているんだ」などと、麻生首相は朝日新聞の新人記者をおちょくっている暇はないはずだ。記者の背後でその姿を注視している国民に向かって、真剣な主張を時を惜しむように訴え続けてほしい。でも、第二次世界大戦が「日本の真珠湾奇襲攻撃から始まった」なんて歴史認識をお持ちの首相では、安全保障も官僚任せなんだろうな・・・。

【追記】
第二次欧州大戦と第二次世界大戦を区別するのが正しいとのことで、麻生首相の発言は間違っていないと教えていただきました。教科書で習ったことは間違っていたのねorz
麻生さん、ごめんなさい。

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2006/09/06

アエラによると大隈重信と近衛文麿は大衆迎合

Yahoo!みんなの政治
政治記事読みくらべ > AERA > 小泉首相と大隈と近衛

2006年9月4日
小泉首相と大隈と近衛

左翼は最後まで「小泉政治は衆愚に支えられていた」と結論づけたいらしい。右翼からも同じバッシングを受け続けた小泉政治でありながら、この期に及んで支持率62%(JNN)という現実をどう理解すればよいのでしょう。

アエラが大隈重信と近衛文麿&小泉首相を同列に論ずるあたり、どうですか、すっごくわかりやすいと思いませんか。そう、ヒントは「中国」と「戦争責任」。小泉首相の花道が8・15靖国参拝だったことを思うと、左翼はもう悔しくて悔しくて、、キーー!でしょうね。
中共大事の左翼あるいは経済人にしてみれば、切り札に出してきた「富田長官メモ」がたいした波及効果もなく、他のニュースにかき消されてしまいました。天皇を認めぬ反日勢力が、昭和天皇の「お言葉」に全国民はひれ伏せ!とばかりに政治利用することに私は何かの冗談かと思いましたよ。天皇を象徴とする民主主義国家においては、天皇は政治的発言はできません。意思決定は国民にあるのです。昨今はソウモウの臣と自称する硬派な方々が多いようですが、2・26事件では、勝手な思い込みからかえって天皇のお心を傷つけたことをお忘れなく。

あの走り書きが、間違いなく昭和天皇の一字一句間違いないお言葉ですか?資料としての価値もゼロと思います。個人的なメモが証拠資料として用いられるなら、今後いくらでも捏造できるでしょう。非公式であっても速記録からの正しい翻訳であるなら資料足り得ます。そもそも消却されるべきメモだったはずです。

仮に、靖国神社にA級戦犯が合祀されたからご親拝なされない「それが私の心だ」とするあの内容が本当であったとしたら、大変なことです。昭和天皇が、とんでもない思い違いをされていたという点において大変です。ですから、その内容を私は信じたくありませんね。いわゆるA級戦犯として判決を受け入れて、国内的に見れば「戦争責任」をとって刑死した7名は、誰のために死んだのでしょう。昭和天皇自らマッカーサーにおっしゃったではないですか。「すべての責任は朕にある」。戦争は決して軍部や内閣の独断で行われたものではなかったことは、歴史の検証で明らかです。彼らは天皇に責任が及ばぬように粛々と判決を受け入れたのです。

昭和天皇が、もしいわゆるA級戦犯の合祀を咎めるなら、それは自身の責任をすべて忠実なる臣下に転嫁する行為なのです。あり得ない!

そこでこのアエラの記事に戻りますが、対華21ヶ条要求を袁世凱に突きつけた大隈重信はひとまずおくとして、近衛文麿は「近衛上奏文」をもって天皇にアメリカとの講和を進言し、終戦に導こうとします。ところが、昭和天皇は一度その終戦工作を蹴ったため、それが原爆投下を止めることができなかった・・遅すぎたご聖断になってしまいました。近衛文麿は、共産主義の脅威をいやというほど理解していたのですね。東条英機もしかり。だからこそ要注意人物として狙われ、コミンテルンの罠にはまってしまいました。

大隈にしろ近衛にしろ大衆迎合で政治を動かしてきたわけではありません。大衆を自分の思い通りに洗脳できる方法があるなら、今ごろ政治家のバイブルになっているでしょうよ。

この記事で「大衆」と言う時、左翼言論人の思い通りに誘導されない国民、つまり現在62%の小泉政権を支持する国民を「愚かな大衆」と呼んでいるにすぎません。小沢民主党を支持すれば「民度の成熟した大衆」に早変わりするのかしらん。

記事の全文はリンクで読んでいただくとして、一部引用

 歴史の小泉審判はこれからだが、見逃せないのは、大隈氏も近衛氏も、日本を破滅させたそもそもの元凶として、それぞれ歴史によって断罪されていることだ。

そうでしょうか?いつ破滅したんですか。最悪、かろうじて全土を赤化されずに済んだのは、ぎりぎり日本の国体を守ろうとした外交努力であったし、アメリカとの講和努力でした。正直に不幸中の幸いであったことを認めねばなりません。
左翼の戦術として反米・反戦・護憲があるわけですが、戦争という現象が敵ではありません。保守は、はっきりと反共・国防・憲法改正を謳わねばなりません。その意味で、安倍晋三氏を支持します。共産主義が利用する偏狭反日・愛国主義とは絶対妥協してはいけない。

 40年7月からの第2次近衛内閣も、前年の欧州での第2次世界大戦勃発、前月のナチス・ドイツのフランス制圧という世界情勢の激変に非常対処するためだった。
 しかし、大隈氏も近衛氏も大衆型であるがゆえに大衆と一緒に暴走し、歴史に厳しく裁かれる。

ば~か(笑)
SAPIOにちょうどいい本が紹介されていました。
われ巣鴨に出頭せず 近衛文麿と天皇」工藤美代子氏著

悲劇の宰相・近衛文麿は共産党のスパイに嵌められたのか」の記事で、戦後60年、「弱い人間」と言われ続けてきた近衛であったが、実際は

◆<戦乱の世を天皇の傍らでくぐり抜けてきた近衛の父祖たちと同じように、彼もまた昭和の戦時に火の粉をかぶって天皇を護る覚悟を決めた><護るべきものを護り通した近衛は、ほかの誰よりもむしろ強かったというのが私の結論である>

このように新たな近衛の人物像を描写する本であるとのことです。
なぜ弱い男とレッテルを貼られたかというと、日米開戦で緒戦の大勝に国民挙げてお祝いムードで喜んでいたが、近衛は最後まで開戦に反対し、内閣を退いた近衛に向けられる視線は「開戦責任を忌避した卑怯者」であったとのこと。

アエラで近衛を指して「大衆と一緒に暴走し、歴史に厳しく裁かれる」とは、一体何を根拠に断言しているのかわかりませんね。大衆に非難されているじゃないですか。

小泉首相は政権獲得後の5年間を通して、各種世論調査の支持率はほぼ40~50%で下支えされている。なお相当に高い水準だ。この人気が大隈、近衛両氏に対するものと同じように大衆の愚昧を裏づけるものになるのか、今度は逆かは、そう遠くないうちに歴史が明らかにしてくれる。
ライター 長谷川 熙

長谷川さ~ん、歴史が明らかにしてくれるのは、あなたの無知(無恥?)であることをここに指摘しておきたいと思います。

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