「田母神氏の歴史認識が見落としていること」の続き
GWは政治のニュースもあまりないので、たまった本を少し消化しようと読み出したら止まらない!
山崎豊子氏の新刊「運命の人」を買いに行ったら書店に並んでいなかったので、まだ読んでいなかった「沈まぬ太陽」①~⑤を数日かけて読んだ。
労働組合が労使協調の美名のもと、利権組合と成り果てていく様がおぞましかったが、「アカ」「代々木の秘密党員」「闘争至上主義」というレッテルを貼られ、あからさまなイジメに合う主人公の精神力にも恐れ入った。共産党系労組と違い民主党支持基盤の「連合」も御用組合だけど、イデオロギー労組、御用組合、どちらにも問題がある。
主人公は実在のモデルがいるとのことだが、政官業癒着の腐敗構造にメスを入れるには、清廉潔白な人道主義者ではお手上げである。大企業の経営とは「政治」だということがよくわかる。政治力とは、やはり毒を以て毒を制す力なのである。
夢中で本を読む快感が戻ってきてしまい、きょうもたくさん本を買ってしまったので、この際、数ヶ月読書にいそしもうと思う。ブログは週一くらいになる・・・かな?時々出てきて、本の感想でも書きます。
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ここから本題
「田母神氏の歴史認識が見落としていること。日本が真に自立するために」の続き
ヒトラーがズデーデンに侵攻し、第二次世界大戦の導火線となった。
一方、(コミンテルンが入り込んでいた)米国中枢の圧力によって追い込まれた日本政府は、長期化すれば不利となる日米開戦に反対であった山本五十六大将の「緒戦を制する自信有り」とする言を信じ、真珠湾奇襲作戦を断行した。
ここに日米開戦の火ぶたが切って落とされた。三国軍事同盟に依っていた日本は、こうして第二次世界大戦に巻き込まれていったのである。日英同盟の破棄、三国同盟の締結、歴史を教訓とするならば、これらの日本の選択の是非を最初に検証するべきではないか。世論に受ける「空気」に流されることは厳に戒めなければならない。
田母神論文がもてはやされ、保守層から正論であると認定を受けている中、異論は唱えにくいが、なんでも右へ倣えでは物事の本質を見失わせる。対中国・朝鮮への反日史観の反証として用いるならば、負の側面も必ず検証しておく必要がある。
圧倒的軍事力の差を知りながら、日米開戦に突入せざるを得なかったのは、当時の政府を一概には責められないだろう。しかし、「戦争ありき」で突っ走っていった軍官僚の情報操作もあった。山本七平が「官僚制度が日本の針路を誤らせた」と喝破している。官僚組織が最終的な責任を負わず、GHQの官僚機構解体の手を逃れ、看板の付け替えで終わったことを見るにつけ、日本の政治がいまだ成熟していないと嘆息せざるを得ない。
田母神論文を過日批判したが、エントリーに付け加えて結論部分をもう一度書いてみたくなった。麻生首相の「第二次世界大戦は真珠湾攻撃で始まった」に反応してしまい、「麻生発言は正しい」と教えていただいたが、最後にエントリーの趣旨が曖昧になってしまった。今でもやはり「真珠湾攻撃によって日米開戦」と言ってもらったほうがピンと来る。
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私が「自虐史観からの脱却」を果たしたのは、保阪正康氏の本だったと思う。「諸君!」「正論」などに寄稿する保守論客達には評判の悪い保阪氏であるが、マイナスの側面にも遠慮会釈のない保阪氏の解説が私の感覚にぴったり来た。
だが、誰の言い分であっても丸呑みはしない。それは嫌いな人の言い分であっても、賛同する部分はきちんと評価するという姿勢でもある。阿川弘之氏とか、いろいろ読んだけど、忘れた。私にとっては、それほどインパクトがなかったということか。休刊となった「諸君!」や「正論」でたくさん勉強させてもらったが、最近は「保守」をことさらに強調する論客の経済音痴が鼻について、放り投げてしまった。
佐藤優氏の「日米開戦の真実」は、GHQの日本人洗脳方法が詳細に語られていて、改めて戦後民主主義の呪縛が解けていない日本の姿を痛感した。かなり忘れているので、もう一度読まなきゃ。佐藤氏自身の「国家主義」的な保守理念はいまひとつ共感できないのだが。
田母神氏の主張は基本的に賛同するし、正論であるとも思う。勇気のある人だと私も好意的に見ているが、朝生テレビで天皇陛下が開戦を認めていたという一言に引っかかり、本意を問いただしたくなった。やむなく認めた・・・ではない言い方だったので・・・。あの戦争が昭和天皇にどれほどの深い心の傷を負わせてしまったことか。ギリギリまで戦争回避を模索していたことは、陛下に謁見した東条英機が「陛下の御心は戦争回避であるぞ」と廊下を歩きながら大声で触れ回ったというエピソードにも表れている。
自衛戦争であったと正当性を説くには、大変ナイーブな問題が存在しているのである。
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私が右翼も左翼も嫌いだと言うのは、たとえば昭和天皇が明治天皇の「よもの海みなはらからと思ふ世になど波風のたちさわぐらむ」という御製を引用し、日露戦争で海に散った御魂を悼む心に重ね、会議の場で婉曲的に「戦争回避の意」を伝えたことについて、左翼は天皇が「反戦」であったかのように「平和主義」の根拠にし、右派は「だからといって跳ね返りの青年将校や国粋主義者達が天皇陛下の意に背き、道を誤って侵略戦争を起こしたように言われたらたまらない」と反発する。そして明治天皇は「荒波をけたててはしるいくさぶねいかなる仇かくだかざるべき」と兵を鼓舞する御製も残しておられるのだと、「正当性」の根拠にする。
「平和主義」の根拠にしているのは、たとえば中曽根総理(当時)のブレーンであった香山健一である。明治天皇の御製の意味を「「世界の人びとは皆兄弟だと自分は思っているのに、どうして平和を乱す波風がたちさわぐのであろうか」と解釈しているようだ。「沈まぬ太陽」は中曽根政権の時代だが(小説の中では利根川総理)、「総理はアカからの転向組をブレーンにしている」という記述があって、これは香山氏のことだろうか?
日露戦争はまさしく自衛の戦争であったが、御製の捉え方がどちらも間違っている、と思う。明治天皇は「人類皆兄弟」を詠んだものではなく、まして昭和天皇は「日米開戦に不安を抱いていた」から引用したのではない。明治天皇は日本のために雄々しく戦った兵士の御魂を慰めつつ、否応なく波風が立ち騒ぐ国情を憂い、慈しむ民を失う親の悲しみを御製に込められたのだと思う。昭和天皇は開戦か否かの瀬戸際で、親の心は民を守りたい、その一念であったと想像する。天皇とは国と民の安寧を祈り続ける祭司長なのである。想像ではあるが、その後の昭和天皇の「いやだったことはあの戦争」というお言葉などから私はそう解釈している。「イヤ」という言葉が思いがけず心情を吐露されたようで、ハッとさせられた。
御製の解釈は、雑誌かネットか?保守論客のどなたか忘れてしまったが、私と同様の解説をしていたので意を強くした。
稚拙な外交が行き詰まり、到底軍事力に叶わぬ米国との開戦についに追い込まれた日本の行く末を思い、昭和天皇はただただ我が子を失うごとき悲しみを湛えておられたのではないか。私には戦争を一点たりとも美化することはできない。深い悲しみと悔恨がわき起こるのみである。冨田メモや卜部日記の真意を詮索することさえ控えたいと思う。静かに頭を垂れるのみ。
平成の代に移り、今上陛下と皇后陛下が慰霊の旅に赴かれるのは、昭和天皇の辛かった御心をお慰めする旅でもある。かつて両陛下がハワイの真珠湾をお訪ねになることを望まれたが、見送られたとのことである。いつかその目でご覧になる時が来ることだろう。
◆◆日々是語草◆◆
渡辺喜美の「絶対の決断」感想。麻生政権は羊頭狗肉
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