書籍・雑誌

2008/10/20

SAPIOで麻生バッシング

SAPIOは卒業したいと思いながら、小林よしりんは今回はどんなことをわめいて、いえ語っているのか気になって買ってしまう。難しい論文はないので、かる~くストレス解消するのにもってこい。

SAPIOと週刊ポストは小学館なので、たまに記事が連携することもある。ポストに「逆説の日本史」を連載している井沢氏は、SAPIOでは「左翼にもの申す」といった趣のコラムを書いてくれていたのに、最近はご無沙汰でつまらない。

このようにSAPIOのスタンスは保守右派なのだが、時々編集部のリテラシーを疑うことがある。反米カテゴリーで執筆者を選んでないか?というくらい、ユンユンデンパを発信することがある。ベンジャミン・古フォード氏はいつから保守論客になったんだ?と驚いたことがあったし、小林コーキ氏が暑苦しく「郵政民営化の米国陰謀論」を語っていたこともあった。そうそう、武士道も好きだよね。経済も武士道で語られてはたまらないんだけど。

巻頭言でサムライ平沼氏が「小泉改革の正体」を訴えていたこともあった。2ch荒らしのコピペの内容そのまんまだった・・・。SAPIOは森永卓郎氏も大~好き。

こうしてみると、2chニュー速+に張り付いているような国士様が好む雑誌だね。

小泉氏は大嫌い、安倍氏は保守本流、福田氏は中国の犬、そして麻生首相はヒーロー・・・の、はずだった。

え!?!?

10/22号をめくると、麻生首相の悪口三昧、ボロボロ・・・

どうした、SAPIO。いつから構造改革派になったのだ??日経系のフォーサイトすら麻生政権にそんなに厳しくないぞ。そうでもないか。でも、フォーサイトの論者はきちんと論理立てて、対案も出して説明しているからいい。

SAPIOがアンチ麻生だなんて、まじに驚いた。なんだかんだ言って私は麻生さんは好きだし、安心したい気持ちもあって麻生さんの高評価記事を読みたかったのに。

再生か破滅か?」の特集にあたって編集部のコメントがきつい。

「いくら動機が不純でも成功すれば正しくなるのであって、勝てば官軍という言葉があります」これは麻生氏が30代当時、「社長インタビュー」での言葉。

品性を疑う!と、麻生さんの人格否定までしている。

社長インタビューでこのあとにも下品な表現が続くらしいのだが(思い出した、女性とのお付き合いに絡んでの話しだった)、SAPIO編集部は「ここでは割愛しておく」と嫌味たっぷり。どんな汚い手でも使う政治家は、こんな露骨な言い方をするんですよ、と言いたいようだ。

かつて閣僚として片棒を担いだ小泉改革を真っ向から否定し、総裁選で世話になった町村派は人事で冷遇する。財政再建も公務員改革もさっさと葬り去り、官僚と最強タッグを組んで選挙に邁進している――。

いや、別に小泉改革を真っ向から否定してないし。森何様には不本意だったろうが、冷遇もしていない。結果として派閥均衡人事だった。

内閣発足時の支持率は福田内閣より低く、(略)小沢民主党は大丈夫か?と不安を抱えながら自民党の足元は確実に瓦解が進む。

今のところ支持率は横ばいで瓦解してませんが?

特集記事の中身がすごい。
独走第26弾――麻生自民の正体は「官益保護」内閣だ 

本誌政界特捜班

SAPIOで、今まで公務員制度改革の意義なんて読んだことはなかったけどなぁ。どうしたんだろう、急に。

SAPIO政界特捜班wwの批判のポイント

・日本政策金融公庫の二人の副総裁は元財務次官と前財務官。麻生氏は、大物財務省OBにとびきりの天下り先を用意した。

・財務省と金融庁との再統合は財務省の悲願。その意を受けて中川昭一氏に兼務させた。「非常事態を口実に再び財政と金融行政を一体化しようと考えるのは、まさに本末転倒」と渡辺喜美氏の指摘を紹介している。

・麻生氏や(辞任したとはいえ)中山氏など“土建屋内閣”を歓迎する国交省はやりたい放題だ。

・麻生氏は、官僚の天下り規制も骨抜きにするつもりだ。公務員改革推進派はポストから追放され、自民党行革推進本部の役員には官僚OB議員がズラリと並んだ。→官僚達は麻生自民党を全面支援して、民主党議員を狙い撃ち落選運動を仕掛けるという。

・「堂々と官益保護を訴える総理大臣」に霞ヶ関のボルテージは上がりっぱなし。

・高橋洋一氏の指摘「役所は政治家の序列リストをつくっていて、大臣経験のある大物議員はいくら、陣笠議員ならこの程度、と地元選挙区に予算をつけてやることでアメをしゃぶらせ、予算のおおもとには手をつけられないように懐柔してきた。(略)自分達に都合のいい麻生政権を延命させるために、与党に求められるままに補正予算を組み、昔ながらの利益誘導政治に戻そうとしている」

・官僚の意を受けた自民党や大新聞は、「財源なき公約」と民主党を徹底批判するネガキャンを始めている。

・「ガソリン値下げ隊」隊長の川内民主党議員の話「民主党を支援している地元の建設業者が、公共工事の発注元の官庁から指名を取り消されたケースもあった」

以上。

SAPIOで渡辺喜美や髙橋洋一のコメントを見る日が来るとは思わなかった。
ここまであけすけにSAPIOに麻生批判・官僚批判を書いてもらったら、私はお役御免だ。(笑)

麻生さんは文教族として、文科省に利便を図ってもらった公共事業関連でトラブルに巻き込まれたこともあったので、そういう意味では、世話になった(言い換えればシッポをつかまれている)官僚機構に切り込んでいくことは難しいだろう。それは麻生氏一人に限ったことではない。

官僚は、扱いやすい大物政治家を最大限に支援するが、一歩間違えると、霞ヶ関の意に沿わなくなれば小さな爆弾を仕掛けてメディアにリークする。安倍さんはそれでやられた。税調の本間氏に官舎を提供していたのが財務省で、女性と同居していることは誰でも知っていたのに、都合が悪くなった途端、スキャンダルネタにした。そして閣僚スキャンダルが次から次へと・・・。安倍さんは、聖域の公務員制度改革に手を掛けた瞬間、霞ヶ関によって足元に地雷を埋め込まれたのだと思う。

政治家を踊らせる霞ヶ関こそ真の権力者なのかもしれない。政治の世界は虚々実々、奇々怪々だ。

SAPIOの編集部も奇っ怪だ。

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そのうち得意の反中特集では、外交面で麻生さんを評価することもあるだろう。「村山談話」踏襲すると言ったからダメか?

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2008/10/06

公務員制度改革はまず組織の膿を出すこと。長妻氏「闘う政治」感想

はぁぁ~~っ つまんない。
政治ニュースを追い続けても、あーそー(棒) の感想しか出てこない。

金融危機に当たって解散している場合ではない」、あ~そ~~
早く総選挙をしたかった公明党まで「給油新法を上げてから」と言い出した。
中山成彬氏は、閣僚として不適切な発言の後「選挙の当選は危なくなったかもしれないが、これからもがんばる」ということを言っていたのに一転引退表明。どうやら町村派(たぶん森何様)から「出るな」の圧力がかかったようだ。そして自民党は当選確実の東国原知事に乗り換えようという算段らしい。東国原氏が自民党の中に入って、道州制のために新しい風を起こしてくれるなら、それもまたよし。

国会が始まって、自民党支持率&麻生内閣支持率は上がりもせず、下がりもせず。
実は、内閣府の調査では、新聞の支持率結果よりはるかに厳しい数字が出ているということだ。これが麻生首相が解散先送りに傾いた要因だろう。

小沢代表は焦って、すでに総選挙に向けて走り出している議員達に「11月中には必ず選挙になる」と檄を飛ばしているが、それを聞いた麻生首相がさらに来年に先延ばししたら、民主党議員は干上がるかな。

麻生首相は、なんとしても小沢党首との国会討論で直接対決に持ち込むつもりだ。私としては、今はそれを唯一の楽しみにブログを続けている次第。

内閣から改革派議員が一掃されてからというもの、深~い脱力感に襲われつつ、本屋で新刊の長妻議員「闘う政治」が積んであったので、つい出来心で・・・ww 買ってしまった。
はぁぁ~~~っ、この人、自民党に引き抜けないものかね。渡辺喜美氏や中川秀直氏が主張することとおんなじやん!長妻氏のほうが細かくてしつこくて口うるさいけど。官僚が迷惑がるのもよくわかる。

麻生政権下で「官僚政治からの脱却」の道が実質的に寸断された状況で、自民党改革派と民主党の共闘は無理なの?
秀直氏のブログを拝見。(下線は管理人編集)

■ (厚生年金改ざん)社保庁労組(旧自治労国費協議会)メンバーの関与は?

「社保庁は組織的関与を否定する。だが、複数の社会保険事務所職員や元職員が『自分を含む徴収課の全担当者、係長、課長、所長が改ざん手続きを認識していた』と証言する」

この自分を含む徴収課の全担当者という職員は、組織率96%を誇る社保庁労組(旧自治労国費評議会)の組員であり、その労組は旧自治労で最も戦闘的な集団と恐れられてきた組織であり、全国の各社会保険事務所を事実上、支配してきたのである。所長は、彼らの傀儡とならざるを得ないのである。

「社保庁の組織的関与」とは、民主党の支持母体である社保庁労組(旧自治労国費評議会)の関与と同義なのではないか。民主党は違うというなら、そのことを証明すべきではないか。

厚生年金記録の改ざんとは、年金記録漏れと違い、明らかに犯罪行為であるから刑事告発の対象となる。社保庁労組(旧自治労国費評議会)メンバーぐるみの組織的関与が今後、明らかになっていく可能性がある。

これに対し、民主党の長妻昭政調会長代理は「刑事告発を前提に調査して、私がやりましたと手を上げる職員がいるわけがない」と発言しているそうだが、これはどういう意味か。

まさか、犯罪行為にかかわった旧自治労国費協議会メンバーに、民主党政権誕生のための「自爆テロ的自白」させた上に免罪符を与えて、公務員身分に戻そうとしているのではないか。

共闘は無理なのね。渡辺行革相当時、公務員改革基本法案を、より厳しい民主党案に乗ってみごと連係プレイで成立させたまではよかったけれど。

長妻氏の本の中でも、国家公務員の犯罪の数々が曝かれている。公務員制度改革とは、戦前から現在まで、官僚機構の中でたまった膿を出し、国民の目から隠されてきた利権ネットワークを壊滅させることから始まる。しつこく食い下がる長妻氏の調査によっても、天下り利権の全貌はあまりに広くてつかみきれないという。官僚利権を許してきたのみならず、積極的に守ってきたのが自民党であったのだから、社保庁の一件で「労組に乗った民主党」と追及するには、自民党は厚顔無恥でありすぎる。

ある国家公務員の人が「悪いのは一部の官僚。自分達ノンキャリは真面目で優秀で誇りをもって働いているのに世間が“公務員”というだけでいじめる」(大意)と泣き言を言っていた。つ・ま・り!彼らは一握りの官僚が悪かったことにして、組織的な弊害にはまるっきり目をつぶったまま、自分達は被害者なのだ、優秀な官僚の志気を落とすようなバッシングは間違いだと言いたいのだろう。政治家には責任を取れと言う。しかし、国家公務員には個人賠償責任制度がないことを見てもわかるように、責任の所在は不明確だった。まして連帯責任という意識すら持ったことがないと思われる。これが“官僚の無謬性”というものか。

その国家公務員さんは“公僕”と言われるのもイヤらしい。権力者側の組織が憲法第15条「すべての公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」を否定するなら、その人は公務員の資格がないということになる。小賢しい官僚は「一部の奉仕者ではない」を盾にとって、大臣の言うことを聞かないことがあったという。頭の良い官僚には屁理屈ではかなわない。

宮崎哲弥氏は憲法論についてこう言っている。(週刊文春)

「憲法とは国民による国家権力に対する命令であり、憲法に違反できるのは、原則として公務員と天皇だけ。国民は憲法に違反したくともできないし、当然、民間人に憲法を遵守する義務はない」

憲法=国体」を主張するのは佐藤優氏ということだが、保守系論客は総じて「憲法を民族のモニュメント」のように捉えているという。そういえばそうだ。だから、保守は自主自存の憲法改正にこだわる。中曽根大勲位のように、憲法前文に情緒的な言葉を入れたがるのは、その心理から来ているものだろう。私は、自衛隊を軍隊として明記し、地方分権に関する条項を時代に即して改正してほしい。

憲法は“権力を有するものの在り方”を規定しているのだから、民間人は“在り方”に干渉することはできない。しかし、国民の総意による民主主義の手続きに則って権力側の在り方を変えることができる。権力側が逸脱すれば憲法違反となる。宮崎氏の論が目から鱗なのは、このことを再確認させてくれたことである。

憲法代15条について言えば、要するに、国民は公務員に「全体の奉仕者」であることを要求しているのである。公僕と呼ばれるのがイヤなら、国家公務員を辞めていただくしかない。

社保庁が組織ぐるみでデータ改竄を隠蔽していたことは明らかである。

社保庁の組織犯罪について、自民党の秀直氏は「民主党の支持母体である社保庁労組の関与と同義」と言い、民主党を代表する長妻氏は「あらかじめ問題があることがわかっていたのに放置し続けた与党政権の責任」と怒っている。

国民からしてみれば「どっちの責任でもいいから、なんとかしろよ!」というのが本音だろう。元来無党派の私から見れば、どっちもどっちである。

社保庁職員は、国民年金・厚生年金に手を付けて無駄遣いの限りを尽くした。一方、自分達の共済年金は1円たりとも無駄にせず、堅実な運用をしている。ふざけるのもたいがいにしろ。

せっかくなので、長妻氏の「闘う政治」から印象に残った箇所をピックアップする。

1,天下りに絡む官製談合の実態について、先進7カ国を調査すると、役人が談合に組織的・継続的に関与しているという意味で、イタリアではマフィアが資金源確保のために役人と組んで談合をしている。

――ナポリのゴミ騒動を思い出す。日本の役人は、マフィア並みの犯罪組織か。実際、産廃廃棄などでは行政と893が・・・ねぇ。

2,会計検査院長を含め検査官3人のうち2人は財務省と総務省の元官僚。院長は元国税庁長官で、もう一人は元総務省事務次官。これでは中立性を保てない。社保庁で職員が業者から賄賂をもらって年金保険料を浪費した事例で、逮捕者まで出ているにもかかわらず、会計検査院は弁償の認定をしなかった。厚労省の(破綻した)年金施設は、かつて検査院から多くの天下りを受け入れていた。結果、各役所の検査は手心を加えたものになる。
「吠えない番犬」どころか、省庁の愛犬に成り下がっている。

――会計検査院と役所がズブズブなのはよく知られている。自民党はよくもここまで放置しているものだ。こんな実態を横目で見ながら「官僚を使いこなす」って、悪い冗談か。

3,官僚組織の中では、省益中心に官僚機構の膨張(天下り先の開拓など)につながることは評価され、それを削ぐことは評価されない。この身内の評価と世間の評価とのギャップに悩んでいる真面目な官僚もいる。

――結局組織の中にいては身内の論理に従わざるを得ない。それでも“改革派官僚”と呼ばれる若手の官僚が問題提起を始めているという。(脱藩官僚の会の人脈から) その芽を潰さないためには、政治主導の公務員改革を断行することが必要。基本法案の運用段階で換骨奪胎されてはその芽は旧い組織に踏まれ、迫害され、はじかれてしまう。

4,国民が喝采をおくる公務員を表彰する。

このアイディアは面白い。責任の所在が曖昧であることの逆の発想で、国民のために自ら行政改革を提案し、実効ある働きをした公務員にスポットを当てる。不祥事が連日報道されるような体質を改めた後、よりよい行政サービスのために力を尽くし、陰の功労者たる公務員を国民が意識できるようにする。公務員もより国民の目を意識せざるを得なくなるようになる。

日本は、先進7カ国と比べて、随意契約・官製談合など不透明なネットワークが張り巡らされている。「わたり」と呼ばれる違法な天下りも自民党が温存している。本来、国民に還元すべき埋蔵金は、特会の余剰金の他にも存在しているのである。総裁選では、唯一小池百合子氏が改革を言明したのみ。

官僚叩きをするな」という理由について、2chで「諸外国と比べて、日本の公務員は人口比率が小さいのになぜリストラしなくちゃいけないのか」というものがあった。人数の問題ではない。日本では情報開示が極めて遅れているのである。

リストラとは再構築であって、まずコンプライアンス、無駄な人員を整理、一生涯安泰高給システムを支える“身分保証”の意識改革、真に国益中心の職業意識を高める。人事権は政治が握る。ワークシェアを進め、政策の独占システムを改める。官民の敷居を低くする。官尊民卑意識の転換。課題は山ほどある。

行革に対しては自民党改革派も民主党も志を同じくしているのだから、罵倒し合っていないで、旧い自民党と古狸率いる左翼民主党とは一線を画して、共闘してみてはいかが?このままでは麻生政権と小沢民主党の狭間で埋もれてしまう。

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「戦後レジームからの脱却」と言うときに、自虐史観からの脱却も課題ではあるが、保守の人達は足元の行政機構が腐っていることにもっと関心を払ってほしい。安倍元首相がやり遂げようとした公務員改革は、国のかたちを論ずる上でもとても重要なことなのである。

「麻生首相、村山談話を踏襲?」については明日午前1時upの予約済み。読んでね。

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2007/01/04

「小泉官邸秘録」感想(1)

飯島秘書官の書いた「小泉官邸秘録」は地味~に面白かったです。
目を引くエピソードはあまりなく、真面目に「小泉のやろうとしたこと」を解説しているという趣です。貫かれているのは、ぶれないトップを支え続けた飯島氏の秘書官としての誇り、自信です。飯島氏は30年以上も小泉代議士一筋ですから、よほど相性が合うのか、小泉氏に惚れているものがあるのでしょうね。

読後に感じるのは、「各役所から集めた特命チームの参事官達は、官邸と省庁の板挟みにあってこき使われながら、みんな小泉が大好きだった」そんな飯島の行間に託された思いです。これぞと思う人物を官邸が一本釣りし、出身省との折衝に当たらせるのだから、調整しろと言われても矢折れ弾尽き…考えてみれば鬼ですわね。

官僚が出身省庁の意向に反することを、強制されてなかなかできるものではありません。「何やってんだ!言うとおりにやれ」と小泉に叱咤されながら、時には小泉氏を囲んでイタ飯屋で慰労してもらったり、だんだん滅私奉公ぶりが板に付いていく様子は微笑ましい。ある秘書官は携帯にシシローストラップを付けていたとか。カワイイ

本の大部分は、構造改革をどう進めていこうとしたのか、そこに主眼が置かれていたように思います。小泉と言えば改革なので、ここは外せません。明日、もう少し詳しく感想を書きます。

就任初年度に8/15に予定していた靖国神社参拝がなぜ前倒しされたのか。当時、福田官房長官や加藤・山崎の口車に乗せられたと噂されていましたが、果たしてそのとおりで、田舎に帰っていた飯島氏は、官邸に加藤・山崎が入ったとチームから知らせを受け、大慌てで官邸に戻りましたが、さらに小泉は福田官房長官にも説得された後だったらしく、自分のいない隙をつかれたことを非常に悔しがっていました。

私は北朝鮮外交の項目を真っ先に読んだのですが、肩すかしでした。最終的に飯島-朝総連の幹部ラインで事を進めたので、今の段階では言いにくいことがあるのかもしれません。

ところで、安倍首相にとっては、小泉さんと比較されて気の毒な面はあると思います。安倍さんは安倍さんの信念を通してほしいです。
でも、せっかく小泉官邸が苦労して開拓した道・人脈を継がないのは、もったいないなぁというのが正直なところ。安倍首相には、滅私奉公で叩かれ役になってくれるブレーンがいるのかどうか。「志を同じくする仲間」という言葉には実のない虚しさが漂います。野田聖子が、平沼赳夫が、城内実が、安倍晋三のために汚れ役をやってくれると思いますか?

前に書いたけれど、政治家を手足にして使うのには無理があります。表の顔にはいいけれど、それぞれが野心を持った人達だから、黒子には徹しきれない。

役人は役人であることが「悪」ではなく、プロフェッショナルな人材をどう使うかで、リーダーの推進力になっていく。当たり前ですよね。安倍首相は、敵は党内にあることを甘く見て、役所の使い方を間違えたら、思わぬ所で足を引っ張られると思います。敵になりそうなところのシッポをしっかりつかんでおくことが重要。それが小泉官邸との違いなのだろうと思います。

かといって、以下に紹介する論評の「小泉の出番を視野に入れ、飯島がこのタイミングで出版した」というのは何とかの勘ぐりでしょうけれど。

うがった箇所もありますが、ポイントが整理されているので、ぜひリンク先で全文を読んでみてください。

飯島前秘書官が放つ『小泉官邸秘録』の凄み
小泉と安倍は似て非なるもの! 怪腕秘書官が宣戦布告。

(一部引用)
 読み進むと一層、その感を深くする。「安倍官房副長官(当時)の気配り、度量の広さに感服した」などと一見、安倍への歯の浮くような礼賛の辞が並ぶ。一言も批判めいた表現はない。ただ、行間からはっきりと浮かび上がってくるのは、同じ「官邸主導」を標榜していても、小泉流リーダーシップと安倍の政権運営はおよそ「似て非なるもの」だという強烈な告発のメッセージである。

(略)
「チーム飯島」を「役所のスパイ」と切って捨てた単線思考そのままに、安倍官邸は大臣同伴でない限り、次官以下の官僚に会わないとのお触れを出した。官房長官・塩崎恭久も「決めるのは政治。官僚機構はそれを執行するだけ」が口癖。嬉々として「使用人」に甘んじる警察庁長官・漆間巌と外務次官・谷内正太郎だけは木戸御免だが、官を使いこなす視点を欠いた官邸に霞が関から上がる情報は質量とも致命的に落ちた。

 飯島は、安倍が官邸主導の主役とした首相補佐官も「活用が難しい」と指摘する。「職責は総理を支えることに尽きる」から「黒衣に徹してもらわなければならない」。従って「自らの名前で活動することをやめ」「職業生活を犠牲にしてでも」首相に奉公できる人材しか任命できないと言う。要は、目立たないと仕事にならない国会議員を黒衣にして「アベレンジャー」とはしゃぐなどトンチンカンの極みだ、という揶揄だ。

飯島氏が復党問題で激怒しようが、「引き継ぎを守っていない」と直談判しようが、小泉氏の再登板はほとんどあり得ないので、安倍首相にとっては過去の人です。小泉さんの性格から言っても、お節介を焼くことはないでしょう。安倍首相自身が選択した方針が所信表明演説ですから、国民はその実効性に注目しています。安倍さんなりに引き継ぐところは引き継いで、一心不乱に新たな道を切り開いていってほしいと思います。

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2006/11/02

「日の丸」現場指導

ROM専スレで発見

┏━ ↓ココ重要です ━━━━━━━━━━━━━━━━━
六カ国協議と呼んではいけない!!  六者協議と呼ぶべき!

┃ところで、六者協議を六カ国協議と呼ぶマスコミが
┃ほとんどのようだが、これは売国マスコミの
┃洗脳活動の一つであることを知っている人は
┃どれほどいるのだろうか。

┃日本政府は公式には「六者協議」と呼ぶ。
┃英語では"six-party talk"だし、日本政府では
┃官房長官を始めとして内閣の人間はみな揃って
┃「六者協議」と言う。
┃しかし、マスコミが報道するときはあえて
┃「六カ国協議」とテロップをふる。
┃ 「六者協議」と言っている報道映像に、
┃わざわざ「六カ国協議」とテロップをふるのだ。

┃まぜわざわざこのような言い換えをするのだろうか。
┃ ここには、「北朝鮮はれっきとした国の一つニダ!
┃ 侮辱するな。 国という言葉を使えニダ!!」
┃という北朝鮮の立場で発言する連中のこだわりが
┃如実に表れている。

┃そういうわけなのでマスコミの洗脳活動に安易に流されるな。
┃「六カ国協議」と書くだけで、連中の陰謀に荷担している
┃ことになるんだぞ。

┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

たしかに北朝鮮をテロ国家と認識するブロガーさん達は、きちんと使い分けて「六者協議」と書いています。party=当事者・党派という意味合いからも、そのほうが妥当ですね。

日本は北朝鮮を「国家」として扱う理由はありません。

<日韓基本条約>
第三条
大韓民国政府は、国際連合総会決議第一九五号(III)に明らかに示されているとおりの朝鮮にある唯一の合法的な政府であることが確認される。

(ウィキペディアより)
北朝鮮との交渉
北朝鮮政府は『日本はまだ北朝鮮に対して、戦後賠償や謝罪をしていない』と、北朝鮮による日本人拉致問題の解決の交渉の上で再三述べた。日本は韓国が朝鮮半島の代表だとして、韓国との交渉に望み北朝鮮の分も含めて基本条約を結んだ。

===================

国旗・国歌尊重は教職員の職務義務 伊吹文科相「指導要領は法律」

2006年11月1日(水)03:38

 伊吹文明文部科学相は31日の衆院教育基本法特別委員会で「学習指導要領は法律の一部だ。これに従って学校の管理・指導をしていただくのは当然のことだ」と述べ、教職員は入学式や卒業式で国旗・国歌を尊重する職務上の義務があると強調した。今年9月の東京地裁判決が、国旗掲揚の際の起立や国歌斉唱を求める東京都教育委員会の通達を憲法違反としたことに反論した形だ。民主党の藤村修氏も「公立学校の教職員は法律や告示に従い、義務を果たすことが求められている」と伊吹文科相に同調した。

 東京地裁の判決は、教育基本法10条にある「教育は、不当な支配に服することなく」との規定を引き、都教委通達による学校長の職務命令を「不当な支配」に当たると認定した(都教委は控訴)。「不当な支配」の文言は、教職員組合が教委の指導・監督を拒否する理由に使っている。市民団体などによる国旗・国歌反対運動にも利用されてきたが、政府の教育基本法改正案16条は、現行法と同じ「不当な支配」の文言を残している。

 これについて田中壮一郎・文科省生涯学習政策局長は「今までは一部教職員団体が、教育行政が教育内容・方法にかかわることは『不当な支配』だと主張を展開してきた」と指摘。その上で「政府案では『法の定める所により』と新たに規定した。法律に基づいて行われる教育委員会の命令や指導は、『不当な支配』でないことが明確になっている」と説明した。稲田朋美氏(自民)の質問に答えた。

伊吹大臣「学習指導要領は法律の一部だ」明快です。

国旗・国歌を尊重するという国際常識を子供達に教えない、それどころか踏みにじるように現場で教育する教師は、教員免許を剥奪すべきです。

■諸君!10月号「『日の丸・君が代教育』は現場指導にかぎる」が心に残っているので紹介します。
佐々 淳行氏
プロフィール:初代内閣安全保障室長
警察庁から防衛庁出向、防衛審議官、教育参事官、人事教育局長、官房長、防衛施設庁長官を歴任

かつて自衛隊がバカサヨクに「人殺し」なんて言われていた時代、自衛隊は肩身の狭い思いをしていたのですね。
佐々氏が全自衛隊空手道連盟会長だった時、年次大会を武道館でやれば?と提案すると、事務方が「とんでもない。自衛隊は断られます」と言う。そこで佐々氏が交渉して、警察と同じ30万円で武道館を使う許可が出たそうです。最初から自衛隊には使わせてもらえっこないと考えていたのですね。

佐々氏が防衛庁官房長になったとき、「自衛隊音楽まつり」の進行を見ると、儀仗隊入場、国旗掲揚、君が代演奏いずれもなし。佐々氏があきれて、開会式では儀仗隊が日の丸掲げて入場、音楽隊による君が代演奏、観衆は国旗に挙手または胸に手を当てての敬礼!と当たり前のことを言うと「そんなことしたらマスコミが大騒ぎです」「観衆に起立を命じたら猛反発されます」「武道館から追い出されます」と腰が引ける反応でした。
しかし、佐々氏の提案通り粛々と日の丸を掲げて登場し、しかもファンシー・ドリル(ライフルを操ってマスゲームをし、最後に輪になって天に向けて空砲の一斉射撃をする)まで行いました。内部の大反対を突破して、佐々氏が命令して行いました。
そうしたところ、観衆は拍手喝采、ファンシードリルでは、万雷の拍手が全館を包んだそうです。

左翼全盛の時代にあっても、日本人の魂に訴えかけるものがあったのだと思います。

湾岸戦争後、人的参加による国際貢献をいやがる風潮を嘆き、佐々氏は名誉挽回のため「日本国際救援行動委員会」を組織し、難民キャンプ支援、諸施設建設、地雷除去等々、学生青年隊員を引率して、24回に及ぶ海外ボランティア活動を行いました。

その過程で、佐々氏は現場で「日の丸・君が代教育」を行ったのです。
志願者との誓約
1,日の丸を掲げて行動する
2,規律厳守、自己責任の原則
3,火の通っていない現地飲食物の摂取禁止
4,命令違反は即刻送還

奉仕期間中、佐々氏が一時帰国して現地に戻ってみると、翻っていたはずの日の丸が降ろされていました。重大な誓約違反です。

青年達の反対論はこうです。
「人道支援に国境はないはず。日の丸はおかしい。東南アジアでは日本帝国主義・軍国主義の再来といって石を投げられるということで、日の丸を降ろしました。」

実際には、どこの国でも日の丸に石を投げられるなんてことはなかったのに・・です。

すぐ日の丸を掲げさせましたが、その夜、日教組や社会党が唱える反対論で議論を仕掛ける学生がいました。
そこで、佐々氏はこう諭しました。
オリンピックで日本選手が金メダルをとって日の丸が揚がった時、その学生は嬉しくて涙が出たという話を確認した後、

「あの日の丸と、今、私の後に立ててある日の丸とどこがちがうの?プノンペン周辺で日の丸掲げて行動していて、石ぶつけられたり、唾吐きかけられたことあるかい?
老幼婦女子、みんな“オックン(有難う)”と手を合わせて感謝してるじゃない?シベリアでロシア人が『ニーハオ、キタイスキー(こんにちは、中国人)』とよびかけてくると『ニェット、ヤポンスキー』ってむきになって言い返してたじゃないか。
日の丸は、軍国主義の象徴でもなんでもない。我々はニッポン人だよというアイデンティティなんだ。
近年の日本人は、経済優先で金持ちで、他国民の苦しみなどお構いなしのエゴイストと思われてんだよ。だから日の丸立てて我々は他人の苦しみを見て平気な国民じゃない、その証拠に困った人たちのためにこうして来てるんだって、見せているんだ」

その学生は深くうなずき、「ようくわかりました」と。
佐々氏は
「では明日から君を日の丸の旗手に命ずる。仲間の学生が文句言ったら、君が君の言葉で説明しろ」

これが佐々氏の現場教育でした。
自分達のボランティアに誇りをもっているからこそ、他国で日本人としてのアイデンティティを示すものが「日の丸」であると実感できた瞬間だったのでしょうね。愛国心に左翼の屁理屈は通用しないということがよくわかるエピソードでした。

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34位でした。更新には体力が必要だと実感する今日この頃

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2006/06/30

「日米開戦の真実」続き。「親米保守」はあり得ない概念か

前回の続きです。

大川周明氏による「日米開戦の真実」の粗筋を一言で言い表せば「米・英覇権主義のアジア戦略に日本が負けた」ということになろうかと思います。満州を重要戦略拠点にした覇権争いです。米・英帝国の性悪な植民地政策VS.日本帝国のアジア解放という道義的責任感のために通過せざるを得なかった戦争というスタンスです。

現在の日米関係が、小泉-ブッシュの個人的信頼関係と相まって、戦後最良の同盟関係を迎えていることは、思えば奇跡的なことですね。開戦から敗戦処理に至る悲劇は、この60年間に日米双方にアンタッチャブルなものとして横たわってきました。水面下で、数々の落としどころを探り合ってきた歴史と言えるかもしれません。

日本は東京裁判の判決を受け入れることをもって再出発し、安保体制はアメリカに従属させられてきました。ソ連の脅威から身を守ることをアメリカに丸投げできたおかげで、日本は経済復興に集中できました。日本は酷い目に遭いましたが、占領したのがアメリカでよかったと心から思いますよ。あわやソ連によって東西分裂の危機だったのですから。

本当は佐藤栄作首相時代から求められてきたのは占領政策の脱却、つまりアメリカは、日本自らの意志として9条改正によって自立してもらいたかったのですね。朝鮮戦争で本当の敵がどこだったのかを突きつけられて目が覚め、日本が国際社会のどの枠組みにおさまるべきか見据えていたのは、案外日本自身よりアメリカだったと思います。

日米開戦で鍵となるのは、「満州」を巡る覇権争いです。近代化の進まぬアジアにおいて、日本は欧米列強から守るために一時的にでも“植民地政策”をとりました。しかし、それは欧米とは似て非なるものであり、決して搾取を目的とするものではなかった。日本人はそのように理解して行っていましたが、現地の人々にとっては余計なお世話、結局日本の独善であった側面も否めません。日本は、中国も韓国も一流国に育てたかったのですね。多くの人材を日本に留学生として受け入れ、啓蒙して自国に送り返していました。蒋介石もその一人です。

アメリカは、中国をアジア覇権の足がかりとして、日本を排除したかった。そこで、アメリカは最後通牒と言われる「ハルノート」を突きつけたのです。それは満州国を手放すことを条件としていました。満州を守るために駆け引きしてるというのに、はじめから呑める話ではありません。

中国では国民党の蒋介石がアメリカと手を組んだ!
では、彼は日本を憎んでいたのか?中国の知識層は、アメリカに正義を見ていたのか?違いますよね。国内覇権争いに利用しただけ。

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ここで、A級戦犯として処刑された松井石根大将のエピソードを紹介したいと思います。
参照:SAPIO「南京大虐殺」首謀者として断罪された松井石根が日中戦没者のために建立した興亜観音秘話

松井大将は第二次上海事変で派遣された日本軍の総司令官でした。
南京攻略戦後、こう述べています。「今回の戦闘は日中兄弟のやむをえぬ戦いだったが、将来いずれ協同してアジア独立運動の為に働く礎となるものである
日中の犠牲者を悼み、亜細亜を興すという願いをこめて「興亜観音」を建立しました。観音像は戦場だった上海、南京の激戦地から陶土を取り寄せ、日本の陶土と練り合わせて製作され、その姿は南京に向かって合掌しています。

松井大将は、中国の復興と大アジア主義の理想に目覚め、自ら望んで北京駐在武官となり、孫文の革命を支援していました。その頃蒋介石と出会い、下宿の世話もして目をかけていたといいます。蒋介石は松井を「日本における父」と呼びました。

国民党は、済南事件以降、抗英から抗日へと転換し、各地で日本人に対する掠奪、暴行、殺害が起こるようになりました。松井大将は、国民党による統一を説いて回るも虚しく、盧溝橋事件以来の事態収拾の命を受け、南京戦を指揮したのです。興亜観音を建立したのは、帰国してすぐのことです。そして自身は近所に庵を建て、読経三昧だったということです。

松井の思いはいかばかりだったか・・・。
上海戦時の岡田少佐の証言があります。「大将は中国人が可愛くて可愛くて仕方がなかった人です」「日本軍だけの遺体を整理し、敵軍の遺体を放置するとは何事か!と叱責したりもしました
湯水鎮に進出した際、焼け跡から赤ん坊の泣き声が聞こえたので、救助して「松子」と名付け、翌日の入城式には当番兵が背中に背負って式に臨みました。

中国人はこともあろうに、日本軍は中国の赤ん坊を銃剣で串刺しにしたとか食べたとか言いふらしています。それは中国人ならやりかねないことを中国人の発想で作り話しているだけですね。

このような松井大将が、東京裁判での「南京大虐殺」首謀者であるわけがない。そこには慈しんできた中国人への思いと理想があるのみ。日中戦争という運命の皮肉もまた「大アジア主義」への一里塚として甘受したのではないか?そんな気がします。

それを誰よりわかっていたのは、蒋介石でした。
戦後、蒋介石が台湾に落ち着いてから、岸信介首相が台湾視察した際、視察団の中にかつて松井大将の秘書である田中正明氏がいました。蒋介石との会見の時、田中氏から「松井」の名を聞くや蒋介石の顔色が変わり、震える声で涙ぐんでこう言いました。「松井閣下には申し訳なきことをいたしました・・・・」

いわれなき濡れ衣で戦犯として処刑された松井大将でしたが、粛々として判決を受け入れ、「中国を想う気持ちから冤罪であっても罪を引き受けたのではないか」とSAPIOで松尾一郎氏は解説していますが、私もそのとおりと思います。
日本が、戦後遺族年金給付のために、戦犯として処刑された指導者の名誉を回復したのは当然ですね。

日本が「大東亜戦争は自衛戦争であった」と主張するのは、アメリカにとっては非常にまずい。国際法違反やら非人道的措置やら言い出したら修復不可能な亀裂が入るでしょう。だからトップレベルでは「A級戦犯が祀られている靖国神社」をあげつらうことはしないのです。しかし、日米分断工作にたけた中国の工作にまんまとはまり、いや、確信犯的に中国の代弁者となって、一部のアメリカの議員や知識層などから「日本の総理大臣の靖国参拝はよくない」と圧力をかけてくる始末です。

覇権国家であるアメリカが、再び歴史の過ちを繰り返さず、敵を間違えないように祈るばかりです。

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親米保守はあり得ない」と佐藤氏が解説した内容ですが、もうちょっと説明しておきます。

佐藤氏は、日本における保守の定義として、大川周明氏の「神皇正統記」を挙げ、国粋主義者とは一線を画し「他者に寛容な多元的世界観を呈示している」ことを評価しています。
またアメリカに対しては、日本には日本独自の伝統文化があり、アメリカ型の新自由主義を善の要素として日本に接ぎ木したところで、日本という木の生命を更新できない。アメリカの覇権主義によってアメリカ型が押しつけられ、日本が隷属させられるだけであると警鐘を鳴らしています。小泉改革の間違いはアメリカへの隷属であって、本来の改革とは「自国の善をもって自国の悪を討つことでなければならない」としています。
小泉政権は、新自由主義と復古主義という相違のベクトルに足を置いているので、国家路線を提示できないことに問題があるといいます。新自由主義の流れに押されて、改革が土俗性から遊離すると、イタリア型ファシズムに類似した閉塞した政治体制が日本に生まれる危険性が高まると佐藤氏は危惧しています。・・・やっぱり小泉首相は独裁者だったか(^_^;

そこで西尾幹二氏の言葉を引用しています。
ファシズムというとヒットラーやムッソリーニのことを思い出すがそうではない。伝統や歴史から切り離された抽象的理想、外国の理念、郷土を失った機械文明崇拝の未来主義、過度の能率主義と合理主義への信仰、それらを有機的に結びつけるのが伝統や歴史なのだが、そこが抜けていて、頭の中の人工的理念をモザイク風に張り合わせたきらびやかで異様な観念が突如として権力の鎧をつけ始めるのである。それがファシズムである。ファシズムは土俗から切り離された超近代思想である

佐藤氏はこれを「慧眼だ」と賛同していますが、理念派特有の情緒的な言葉遊びにしか聞こえないんですよね。簡単に言ってしまえば「アメリカの要望を聞いて郵政民営化するような小泉改革は許さん!」でしょ。小泉支持者はIQ低いらしいから、わかりやすく言ってよ(笑)。

土俗とはそこに生きる国民に他ならず、他国の文化も良いと思えば採り入れるし、習性に合わなければ拒否する、常に融合しながら磨かれていくものでしょう。変な迷信は淘汰されていく。伝統は伝統として、共産主義革命でも起きない限り、民意の総意として受け継がれていく。受け継がれるべき愛国心を失ったのは誰のせい?アメリカのせい?バカ言うなよ。日の丸を踏みつけるような教師を作り続けてきたのは、旧ソ連の配下の左翼だよ。それをようやく小泉政権下で教育基本法の改正にまで話が進んできた。日本では長く左翼思想が知識人の良識とされてきたから、小泉政権が日本における重大なターニングポイントとなっていることを素直に見たらどうなのかと私は思っているのです。

日本では「親米保守」という概念は成り立たないとする佐藤氏の論理がおわかりでしょうか。大きな勘違いがあります。アンタッチャブルな地雷を抱えたような日米関係で、どちらが善とか悪とか考えることは外交上の益にはなりません。佐藤氏自身、そのように理解しながらも「右派の罠」にかかっているようです。

お互いの歴史認識が一致する必要はありません。そもそもどこの国もお互いに言い分があり、国益が違う以上、現時点では一致させることは不可能と認識しておいたほうがよいでしょう。かといって諦めてしまうのではなく、さまざまな交流の中から正すべきところは正す努力は継続しなければなりません。一致させるべきは、何よりもA級戦犯問題が中国の分断工作であることを日米政府が認識することです。

「親米」とは、アメリカの価値観をすべて善としているわけではなく「米国と良好な関係を維持しながら対等な関係を築くこと」に主眼が置かれるべきだと私は言いたいのです。

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2006/06/28

「日米開戦の真実」感想

WC決勝リーグに目が釘付け!「東京裁判」どころじゃない(爆)

それでも2日がかりで本を一冊読みました。
佐藤優氏著「日米開戦の真実
A級戦犯として引き出されるも、精神障害で免訴された大川周明氏の「米英東亜侵略史」は圧巻でした。学者である大川氏が開戦に至る経緯をラジオで連日語り、翌月本にして出したところ大ベストセラーになったとのこと。当時の日本人が納得し理解していたことを、今私たちもしっかり覚えておく必要があると思いました。

冷静な学者の分析による開戦の経緯説明を読むと、GHQ占領政策による「日本人は軍部に騙されていた」とのプロパガンダがいかに真実から遠い「洗脳政策」であったかが理解できます。なぜそのプロパガンダを唯々諾々と国民は受け入れていったのか、敗戦の深い傷跡のために、誰かのせいにしなければ復興のために前を向くことができなかった、そんな状況が見えてきます。

それよりも興味深かったのは、佐藤氏による当時の思想家の分析が、今現在にも当てはまること。気が向いたら詳しく感想を書きます。

ただし佐藤氏の解説に疑問を感じる箇所もありました。大川氏が当時の米帝国主義を道義的観点から憎んでいたことは言葉の端々に感じますが、佐藤氏もまた現代の覇権国家としてのアメリカをその延長線上に置いていること。あたかも反米であることが正義であるかのような・・・。その後日米が歴史に学習し、修正してきたことはすっぽり抜けています。アメリカも日本を叩いたことによる後遺症で、かなり懲りたのですね。コミンテルンの工作にかかったこともあるけれど、敵を見誤ったことによって朝鮮戦争を招き、多くの犠牲を出すというしっぺ返しを食らいました。

佐藤氏曰く“保守思想”において「親米保守はあり得ない」と。えー!?では、私は親米サヨク?もっとあり得ないんですけど。導き出される結論は、小泉首相の親米路線はアメリカの属国化一直線で、市場原理主義に偏った小泉政権下において弱肉強食の格差社会が顕現したと。。おいおい!福島瑞穂や森永卓郎が言ってることと変わらないぞー。そして佐藤氏は西尾幹二先生の保守思想を評価する。うん、たしかに反米だ。佐藤優ってそうだったのか・・・いやいや・・・アイタタタ。

帝国覇権主義と人道的道義性を求める二重規範を批判しますが、開戦せざるを得なくなったのは、列強による植民地政策が当たり前だった時代に米帝国主義と日本帝国主義がぶつかったことに尽きます。日本はアジアを欧米植民地政策から解放したいという道義性を持っていた、つまり日本も二重規範であったわけで、ひいては現代の国際社会においても政治は常にダブルスタンダードを内在しているわけです。性善説でもない、性悪説でもない、「無記」なものとして外交をするべきと指摘しながら、言葉と裏腹に行間を読めば、アメリカは性悪、日本は性善と規定したい佐藤氏の感情が表れています。

小泉首相が格差社会を作ったと断定する佐藤氏は、A級戦犯の“濡れ衣を着せられた”大川氏と、小泉首相にはめられて起訴された自分と重ね合わせているようです。裁判を“茶番だ!”と怒っています。

格差社会と言う人は、社会主義国家の貧富の格差を知ってから言ってほしいですね。一億総中流意識と言われた高度成長期に戻れると思っているのでしょうか。戦後復興が終焉し、少子高齢おまけに省エネ時代に入り、豊かさの物差しが量的なものから質的なものに深化している時代、あのような高度成長期が過渡的なものだったことをそろそろ自覚しましょう。補助金じゃぶじゃぶ、親方日の丸頼み、公共事業でガッポガッポ、既得権益が日本全国に行き渡り、バブルに浮かれて潜在的な構造格差に目をつぶり、肥大化したのは借金財政ばかりなり。

そのツケを清算するべく時代の使命を負ったのが小泉政権。構造改革なんて、ふつう誰もやりたくない。整理縮小は痛みが伴いますし、一方で時代のニーズを読む人はどんどん富を築く。億万長者が141万人に増えたんですってね。それが富の偏在に見えてしまう。ほんとは日本の底力なのに。

個人のニートだって補助金を減らされる地方だって自立したくないんですよ。親がかりのほうが楽でしょ。今まで養ってもらっていたのにいきなり自立しろと言われてもねぇ。そりゃ地方は補助金削減に抵抗するに決まってます。

ところで、佐藤氏は右派の陥る罠を冷徹に分析しています。「日本は毅然とせよ!と叫ぶ人々ほど声はでかいが具体案を示すことができないので、さしたる影響力はない」と書いています。理念派と一線を画して実証を重視するリアリストであり続けた大川氏を評価しながら、佐藤氏ご自身が右派の罠に落ちてしまいませんようにと心配になったことでした。

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2005/12/22

国家再生とは教育再生

藤原正彦教授の「国家の品格」は、あっという間に20万部超えの大ヒット!
日本人は「情緒と形」「武士道精神」を取り戻せと、楽しい語り口で一気に読ませます。閉塞感漂う日本人に向けた警告そして激励の書という趣です。
日本人の情緒性、世界に誇れる民族性、教養の高さといったものを、ちょっと照れくさくなるほど国際派の学者に「誉めて」もらえることが、こんなに心地よいとはね。(^◇^)

大ヒットの要因は、自信を失いかけた日本人が、日本人としての誇りを取り戻させてくれる内容だからじゃないかな。それは、とりもなおさず特定アジア三国様のおかげ(笑)反日国家群によって「まな板の鯉」気分にさせられ、世界の中の日本人として、日本人全体がどうあるべきかを突きつけられているからだと思います。

本の内容で、細かいことを言えば異論はあるんですよ。「日本人の高い道徳観が失われてきたのは、欧米から押しつけられた論理的思考」ではなく、愛国心や宗教心を否定する左翼思想教育の弊害だったと思うのですね。もちろん藤原先生も日教組教育の誤りを理解されているけれど、「アメリカや日教組が浸透させた嘘に気づいた」と過去形でおっしゃる。共産主義に対抗するアメリカと日教組を一つにしているのが引っかかるし、すでに日本人が嘘に気づいたというのはどうかな?現在も日教組は子供達に似非平和教育などしています。

アメリカの占領によってグローバル化=アメリカ化が押しつけられ、悪しき合理的精神に毒されたような印象を藤原氏は持っていますが、親米派の私としては(笑)、、もし「アメリカの品格」「アメリカの立国精神」というテーマがあれば、日本の品格よりずっと感動的な秘話や、勇気や名誉を散りばめたお話しが書けると思います。醜い面や小狡い面、汚いものは、どの国の歴史にもありますね。

欧米を低く見て、情緒に優れた日本人論を展開するのは好きではありません。暴力革命によって市民契約社会を打ち立てたフランスには、あまり深い精神性を感じないというか・・傲慢性を感じて一歩ひいた見方を私はしていますが。仏の移民に対する強制的な同化政策もちょっとね。伝統を尊び、王室を拝する英国は、日本と相通ずるものがあります。

経済においては、市場原理主義による規制緩和→小さな政府指向が「法律に違反していなければ卑怯なこともやってよい」(たとえばホリエモン)という堕落を引き起こすという藤原氏の「論理」は、規制緩和を進め、アメリカに追従する現政権に批判的であることはわかりました。しかし、一つ視点が欠けているのは、資本主義を肯定するカルヴァン主義が胡散臭いものであるとするならば、官主導の大きな政府が介入する経済社会は、もっともっと腐敗するという現実があります。なぜなら民間の嘘はライバル関係の民間や消費者によっていずれ暴かれるという自浄作用がありますが、特権的な官の嘘は、民間から見えないように隠蔽される。これこそが、政官業癒着の温床だったのですから。

ビジネスの成功者の側から見るとどうなるか。
大前研一氏「ビジネス新大陸」の歩き方(週刊ポスト連載)

21世紀の新大陸時代は、自ら難しい問題に立ち向かい、自分だったらこうする、という信念に到達しなくてはならない。主語が「自分」でないといけない。自分の意見がない“評論家”は軽蔑される。たとえば小泉純一郎首相を批判するなら、自分が首相ならこうする、その理由はこうだ、という対案や代案を提示しなければならないのだ。
(中略)
ただし、同じ東大でも、M&Aコンサルティングの村上世彰氏やライブドアの堀江貴文社長(中退)のような人もいる。彼らは答えがあるとは思っていない。だから、答えが見つからなくても恐れない。失敗しても、めげずにまたトライする。

大前氏は、ビジネスとしてはホリエモンを評価している。(笑)
生きるか死ぬかのビジネス社会では、惻隠の情など第一義的には出てこない。
サバイバル感覚を磨く過程では“死亡率”も高いが、訓練の中でしか成功することはできない」と。弱肉強食ですわね~。
私としては、アメリカンドリーム的な成功の喜びも保障する社会であってほしいし、負け組にあっては、弱者に対する社会保障も充実させてほしい。このバランスが大事です。少なくとも社会主義政策で官が肥大し、無能な役人や政治家の既得権益が幅をきかせるよりは、規制緩和を進めたほうが自浄作用が働くと私は思うのですが。

また藤原氏は、日本人が武士道精神に見られるような教養と道徳観を取り戻せば、品格ある国家となり、諸外国から尊敬を受け、結果として安全保障上の“防衛力”になると言います。そうすれば日本はかつてのような下品な侵略行為をすることもなくなる、と。
民度の高さが防衛力になる点においては同感です。部族抗争に血道を上げるような民度では、国家としての外交努力などあり得ないですものね。しかし、どんなに日本人が品格をもって他国に接しても、確信犯的に反日政策をとる国には品格にプラスして現実的な抑止力が必要であることは当然です。藤原氏がいまだに日本が侵略行為をすると危惧しておられるのを感じてあれ??と思いました。

藤原氏の著書「祖国とは国語」を読めば、藤原氏が心配することもわかるのですね。満州からの引き上げで家族が苦労したこと、中国においてどんなにか当時の関東軍の横暴と卑怯さにはらわたが煮えくりかえる思いがしたか・・・。私もかつての先軍政治に戻るのはまっぴらです。日本人は、もっと戦争責任者を追及してもよいくらいです。戦争史観における混乱は、国内における総括がされていない証拠です。

ざっと異論のある箇所だけを忘れないうちに書き留めましたが、基本的には藤原氏の主張には胸のすく思いがしました。100万部突破するんじゃないかしら。
要諦は「国家再生とは教育再生である」と藤原氏は強く主張するのです。
武士道精神に基づく道徳観、「ならぬものはならぬ」という形を幼少時からたたき込むことです。まったく同感。国を否定し、日の丸を踏んづけるような教育、そして子供の人権という美辞麗句に隠されて、子供のやりたいようにやらせる自由を謳うなど狂気の沙汰です。
国力を削ぐことが左翼思想の目的なのだから、「国」そのものは憎むべき対象であり、「天皇制を堅持する国柄」を徹底的に「軍靴が聞こえる」などと否定してきました。戦後日本人は、ソ連や中国を礼賛する一部のエリートと組織によって、いいように振り回されてきましたね。

日本が台湾統治していた当時、日本人は台湾の人達に教育の大切さを教え、武士道精神を伝えました。日本人から教育を受けた台湾の子供達が、現在台湾では日本語が堪能な親日家として、父さんという意味で「トーサン」と呼ばれているそうです。
年老いた彼らは日本を愛し、今の日本には「武士道精神」が失われてしまったと嘆いています。

ここで言う武士道とは新渡戸稲造の「武士道」が中心になっています。
卑怯なことをしない。弱者に対する惻隠の情を持つ。慈愛、誠実、忍耐、正義、勇気、名誉、恥などを含みます。

私自身は、幼少時にどのような道徳教育を受けてきたかなと振り返ると、両親から直接厳しく伝えられたことはないけれど、ひらがながようやく読める程度で、世界偉人伝のような本を与えてくれましたね。
ナイチンゲール、小公子、小公女、良寛様、ジャンバルジャン、イエスキリストまで!etc.「ああ無情」の絵本が幼心に強烈で、「悔い改める」という言葉は知らなかったけど、わけもわからず「すごいことだ!」と号泣したんですよ。そういう感性を磨くことって大事ですよね。それが私のその後の人生にどのような精神の糧を与えてくれたかというと、「恥」しかなかったような気がして辛いけど。。。でも、惻隠の情はあると思う。良寛様が子供達をいたわり、小さな虫たちのために庭の草も刈らなかったことなど、絵と共にまだ覚えています。

子供達にはパソコンは与えるべきではない。本をたくさん読ませるべきだと心から思います。子供の選択に任せていたら情緒は育ちません。

防衛力は「品格プラス抑止力」と私は言いましたが、まさしくこれからの日本は、文武両道を目指していくべきでしょうね。

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2005/10/25

あの戦争は何だったのか

まずはこの一文をお読み下さい。

確かに敗戦直後は、三年八ヶ月もの太平洋戦争が続いたこともあり、「ああいう苦しみは嫌だ。もう二度と戦争は嫌だ」という感情が拭い去れぬ時間帯があった。ただそれが十年経ち、二十年経ち、今に至るも、戦争はそうした反省色の濃い、形骸化した感情論だけで語られているのである。
また一方では、このあまりにも一元化した歴史観が反動となって、今度は「新しい歴史教科書をつくる会」のような人たちが現れ、「大東亜戦争を自虐的に捉えるべきじゃない」などと言い出している。しかしこれも、同じように感情論でしか歴史を見ていない。「平和と民主主義」で戦争を語る者たちとコインの裏表のように感じる。

なるほど。筆者は、左右の言い分を理解した上で、バランスの取れた中道的・客観的考察をする人なのだなという感想を持ちました。
ただし「新しい歴史教科書をつくる会」を私は支持しており、感情論どころか、今まで蓋をされ、捏造までされてきた史実を正しく検証する有志と評価してきたので、少しばかり違和感を感じました。しかし、会に携わる一部の学者に感情論的な思い込みも感じつつあり、是々非々として歴史検証者のバランス感覚としてはいいんじゃないかなと好意的に読みました。

そしてこの一文(改行編集しました)

小泉首相(靖国参拝)は三つの点で過(あやま)っています。
第一に、近隣諸国との関係を歴史的観点から捉えることができていません。
第二に、「参拝は個人の心の問題だ」という主張が、いかに独りよがりの考えであるかを認識できないでいます。
第三に、長期的視点から見ると、自己の参拝が日本の国益をどれほど損ねるかが理解できていません。

Y(゚_゚)Yゲ!
1,いったいどういう立場からの歴史的観点だというのだろう。
2,参拝者の心の問題でないのなら、“誰の心”に配慮すればいいのだろう。
3,靖国参拝を国益とつなげること自体が、“誰かの国益”の代弁者となっていないだろうか。

この二つは同じ人が書いたものです。
最初は、保阪正康氏著「あの戦争は何だったのか」より引用しました。
次は、週刊現代「小泉『靖国参拝』のゴーマン」の記事中に保阪氏が嘆いた言葉として紹介されていました。

第二次世界大戦の歴史的考察としては、私は日下公人氏の「人間はなぜ戦争をやめられないのか」が参考になりました。戦争を戦略から検証し、こうすれば日本は勝つ可能性があったという観点が新鮮でした。

総理大臣の靖国参拝はなぜ独りよがりなのか、保阪氏はこう語っています。

<下> 中国にはまだ『同時代史』

 靖国神社に参拝することは、併設されている遊就館の歴史観を追認することになることを理解すべきです。

大東亜戦争は「自衛戦争」だったと記されているのですね。
歴史は一面的に見てはいけません。すべての事柄は複合的に絡み合って一つの結果を生んでいます。保阪氏自身が述べている「コインの裏表」は、両方とも真実を含んでいるのです。
靖国神社はどのような場所か。主役は国に殉じた日本人(外国人)です。彼らにとっては「自衛戦争」であった。立派に国を守るために戦ったことを偲ぶ。私はそれでいいと思うのです。
裏表を正しく見なければいけないというのなら、長々と日中戦争からの経緯、アメリカに喧嘩を売られた開戦までのいきさつを書き連ね、最後に「二度とあやまちは繰り返しません」と主語のない空疎な平和主義を遊就館に掲げればいいのでしょうか。

 侵略された中国側にとって、戦争はまだ「歴史」ではなく「同時代史」なのです。被害の記憶は二世代、三世代と伝承されていく。中国社会の底流に流れる反日、抗日のエネルギーは、日本人の無自覚な言動によってたちまち火がつく。小泉首相の靖国参拝もそうした無自覚な言動の一つであると思うのです。

このように無自覚な日本人を批判して、スタンスをはっきり書いてもらえばわかります。軍部の独走によって侵略したことは事実。残虐行為もあったはずです。しかし、その後も保阪氏は日本を「侵略国家」としてのみ位置づけ、中国の要人達と交流を結ぶ中で、中国の代弁者として歴史を検証しているのだと読み取れます。

さらにダメダ、こりゃ!と思ったのは

もう一つの「記憶の伝承」
保阪正康氏の場合

 父の衝撃的な告白を聞いたのは、昭和六十年(一九八五年)のことである。以来、私は日中関係の歴史にふれながら、日本は二十世紀前半になぜ対中国政策を誤ったのか、西欧列強の植民地主義に抗するためになぜ日中提携ができなかったのか、を自らのテーマの一つにしてきた。

違うでしょう。西欧列強VS日中(アジア)という構図をいまだに引きずっている。夢見ている。まるで日中を共同覇者とする大東亜共栄圏の焼き直しのようじゃありませんか。

保阪正康氏著「日本解体」
真相箱に見るアメリカの洗脳工作

GHQは日本の戦争がいかに不当だったかを日本人に植え付けるために、徹底した宣伝活動を行ないました。その中でも影響力があったのが『真相箱』というラジオと書物で、日本軍がどんなに残虐非道だったかを、誇張・歪曲を駆使し、巧みに情報操作を行いました。本書ではその“洗脳工作”の全貌を暴いていきます。

読んでいませんが、いや、もうまったくそのとおり。
アメリカが原爆投下や無差別攻撃を正当化するために、日本を悪者にする必要から南京大虐殺まで誇張・歪曲しました。戦争とは情報工作活動でもあります。ですから、今度はその誇張・歪曲を解く作業をしなくてはいけません。そして正しい検証を国際社会や中国につきつける作業が大事。そこに蓋をしてさらに輪をかけて捏造してきたのが、日本国内の左翼連中ではないですか。
ところが、この本が、戦後日本の左翼が行ってきた洗脳を語らずして、アメリカの“洗脳工作”を暴く視点を前面に出しているとしたら「コインの裏表」どころかコインの形すら目に入っていないと言わざるを得ません。

つまり保阪氏は、中国に大変な親近感を持ちながら、植民地主義のアメリカを認めたくない“感情論”なのだと私は感じました。
「あの戦争は何だったのか」の「はじめに」書いてあった「感情論で語ってはいけない」というアピールは、自らの感情論を隠すための巧妙なはぐらかしであったのか。ご本人はそんなつもりはないでしょうけれど・・・。

歴史に「もしも」は許されないといいます。
日中が一致団結して欧米と対立することなどあり得た話でしょうか。
日本の軍事はドイツやイギリスに学びました。体制的にも思想的にも、日本は西洋に近かった。当時のエリート達は、共産主義に対する認識も正しく持っていました。

列強が植民地政策をとることは、当時の国際通念上“悪”ではない。事実、国際社会は、日本の日韓併合について合法的に何にも問題なく認めています。日本が台湾で行った統治はどんなものでしたか?日本人は法治国家の精神を伝えました。日本が去った後国民党が入ってきて、台湾の人々は日本の統治を懐かしんだのですよね。

いま現実に起こっている国際問題、中国問題を見回せば、軍事大国化しているのは中国であり、侵略行為を行っているのも中国であり、靖国問題は、きわめて戦術的な反日政策であることを理解できると思います。
井沢元彦氏が言うように、歴史学者は、史実や資料を「部分的に見てはいけない」のです。人間ですから思い入れや思い込みももちろん入るでしょう。ただ何が感情論であって、何が客観的考察であるか、常に自分自身に問い直すことによって、学者であればなおのこと、歴史を前にして謙虚であり続けなければいけないと思っています。

史実の検証作業は、いまこのときに日本はどうあるべきか、日本人としてどうするべきかに必ず連結しなければ、単なる学者の謎かけで終わってしまい、歴史という知恵の輪で遊ぶようなものになってしまうと思います。

<参照>
書評
保阪正康『あの戦争は何だったのか』(新潮社新書、2005年7月)
『週刊金曜日』8月12日号掲載
太田昌国

「オヤジ45歳とその周辺のことがら」さま
保阪正康「あの戦争は何だったのか」

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2005/07/28

\(◎o◎)/!さすが焚書のお国柄

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焼き捨てて下さい!
p(#^▽゜)q ファイトッ

楽天ブックス【予約】 マンガ 嫌韓流

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韓流スターがお好きな方には垂涎サイト?

・ペ・ヨンジュン ・・・・・・ブームを巻き起こした微笑の貴公子

き、きこーし( ̄▽ ̄;) 
個人の趣味はいろいろですが、わたし、あの顔、微笑みというより 歯むき出してにやけてるとしか見えません。

「分割発注、1億円かさむ」 内田公団副総裁、耳貸さず

公明・冬柴氏、民主との連係示唆 自民郵政反対派を牽制

こんなニュースやあんなニュース、六カ国協議などについて考えてみたかったのですが、ネットサーフィン中に拾った「嫌韓流、自腹で買い占め焼き捨てファイト」のインパクトで、脳内フリーズしてしまったので、また明日。

どう考えても、売り上げに貢献しているとしか思えんのだがなぁ。(-。-;)ボソ

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