税制

2008/09/16

経済活性化のために相続税・贈与税を廃止し、寄付文化を根付かせよ

小池マニフェストの以下の部分について、小池は「社会主義者」だとか、小泉-小池路線は「故郷破壊者」とか批判があったので、少し補足してみる。私は何の原理主義者でもないので、現実的にしか考えられない。

相続税は、高齢者介護の社会化が進んでいること、高齢者の資産格差が拡大しており、この格差を次世代が継承することは望ましくないとの社会的公正の観点から、広く薄い資産課税を適正に行うものとして、福祉財源に充当することとします。

私は、相続税はできれば廃止したほうがよいと考える。国民の資産に高額の税率を掛けて3代続けばすべて国に召し上げられるような税制は、財産権の侵害である。森永さんは自称社会民主主義者だが、税金は金持ち・資産家・儲かっている大企業からもっと取れと言う。

では、小池氏はそれと同じ事を政策として掲げているのだろうか。
実は、大幅な税収が見込めない中で、高齢者の資産格差に目を付けたのは政府・与党の政府税調である。小池氏はそれをそのまま盛り込んでいる。総裁候補は麻生氏で決まりだろうが、誰が総裁になったとしても、税制に関する議論は政府税調で続けられていく。

2002年政府税調基本方針では、相続・贈与税の改革として「広く薄い課税」と「生前贈与の活用」となっている。相続税は基礎控除額が高額であることから、富裕者をターゲットとしていたものの地価高騰によって相続税が払えず、自宅まで手放さなければならない苛酷な制度に批判が大きかった。

現在、高度成長期に貢献してきた高齢者に資産が偏在する状況となっており、政府は高齢者の資産を活用したいわけだ。

また少子高齢化によって社会保障費増大に伴う税源をどこから確保するのかという議論の中で、所得の向上が見られない現段階では、国民世論を鑑みて経済弱者の負担割合が大きくなる消費税upは避けたい。福祉を充実させようと思えば必ず国民の負担増は免れず、国が管理する社会主義政策の色合いが濃くなる。

相続税:課税を強化 地価下落受け、政府・与党検討

 政府・与党は19日、09年度税制改正で相続税の課税を強化する方向で検討に入った。基礎控除額を見直すことで課税範囲拡大を検討するほか、最高税率(現行50%)の引き上げなどの検討を進める。

 バブル期の地価高騰を受け、相続税が支払えず、自宅を手放すケースが続出したことを受け、政府は基礎控除額の拡大や最高税率引き下げなど納税者負担の軽減を図ってきた。88年度以降、最高税率を75%から段階的に引き下げたほか、基礎控除の範囲も従前の2倍以上に拡大した。しかし、バブル崩壊後に地価が大幅下落したため、課税対象者は死亡者の7%前後から現在は半分近い4%程度に減少している。

 7月から税制改正の議論を始めた政府税制調査会(首相の諮問機関、香西泰会長)では「相続によって、資産格差が次世代に引き継がれる可能性が増している」と課税強化を求める声が強まっている。政府税調は、昨年の税制改正答申でも、「遺産相続時に、その一部を社会に還元し、(社会保障の)給付と負担の調整が必要」と指摘。「大幅に緩和されてきた相続税の負担水準を放置することは適当でない」と提言した。

 一方、税制改正論議を実質的に取り仕切る自民党税調(津島雄二会長)も「時代に合わない相続税の課税水準の見直しは避けられない」(幹部)としており、今秋の税制改正に向けて相続税の課税強化策の検討を進める構えだ。

 90年代はじめに基準年の83年度の3倍以上に高騰した地価(三大都市圏、商業地)は、00年以降、83年度を下回る水準に下落。納税負担の緩和措置だけが温存された結果、遺産を引き継いでも相続税が発生しない世帯が急増している。【赤間清広】

毎日新聞 2008年8月20日 東京朝刊

喫緊の方針を見るとわかるように、いったん相続税は下がったが、地価下落に伴い「納税負担の緩和措置だけが温存された結果、遺産を引き継いでも相続税が発生しない世帯が急増している」ということで、もう一度課税強化をしようというわけである。

この場合、「広く薄い課税」と「生前贈与の活用」という基本線に立って、経済活性化も目論んでいる。国民の要望に従って「社会保障の給付と負担の調整」を目的とするなら、丁寧な説明の上、理解を得られないこともないだろう。レーガノミクスに見られるような新自由主義的弱者斬り捨て!?は共感を得られない以上、麻生氏が言うように「中福祉国家」を目指す制度設計を政治家主導で構築し直さなければならない。その時「持っているところから取る」税制体制も覚悟しなければならないということか。

私自身は、福祉国家には懐疑的である。年金も医療も民間で積立方式にしてしまえば良いと考えている。所得の最低保障のみ残す。国に任せれば、どうしても既得権益作りに励む水脈が国民の目に見えないところで張り巡らされてくる。相続税・贈与税はもちろん法人税も引き下げて、福祉分野については、子育て支援も含め、地域ごとの扶助を地方自治が助ける形がよいと思う。いずれ消費税を上げて、地方への分配を増やし、自主財源とする。

マックスウェーバーは、「資本主義とは天職理念を土台とした合理的生活態度は、キリスト教的禁欲の精神から生まれた」と説いたそうだ。意味するところは、職業を天職と考え、真面目に働き、無駄遣いしない「禁欲的態度」が富を蓄積させる。このように資本を集積させることが、資本主義の根本となっているというのである。(齋藤孝氏「賢者はかく語りき」参照)
その富を社会に還元することによって、人々から尊敬を得られる。寄付金が非課税の米国では、寄付文化が根付いている。

Wikipediaより
世界の多くの地域では、寄付が福祉の一部を担っており、社会の中で重要な地位を占めている。

世界的に見ると寄付の社会への浸透度も国・地域によって大きく異なる。2000年頃の状況を見ると、アメリカでは年間2000億ドル(約20数兆円)を超える寄付が行われているのに対し、日本では約1000億円程度にとどまっている。両国とも世帯ベースでは約70%の世帯が寄付を行っているが、世帯当たりアメリカは約17万円、日本は約3000円と寄付金額に大きな格差が見られる。

拝金主義の“金儲け”や享楽的な散財をする金持ちが尊敬されないのは、クリスチャンに限った話ではない。人々は、富を持つ成功者に対して、「どう使うか」をそれとなく観察している。ホリエモンが嫌われているのはそういう理由であろうし、社会に還元しようとしない富裕層が増えてきたことが「市場原理主義」批判の根底にあるように思う。

中川秀直氏や竹中氏らは、地方再生の鍵は「寄付文化」にあるという。それには、高額の寄付金を非課税にするのはもちろん、相続税・贈与税の減税も必要となる。親から不動産を引き継げば国から奪われ、ちょっと稼げば自己投資する間もなくギューギュー徴収されるようでは、誰が多額の寄付をしたいと思うだろう。

困っている人を見れば助けたくなるのが人情であり、自分の関心のある分野に寄付(投資)したくなるのも人情である。「ふるさと納税」もそういう趣旨で、改革派によって発案された。余力があれば、地域発展のためカネを使うことを惜しむ気持ちはない。目に見える形で貢献できれば、人は「徳積み」できた満足感を得られるものである。「福祉は国が面倒を見るもの」という意識を転換できれば、低負担で相互扶助は可能なのである。これが中川氏ら改革派の考え方である。

現実に戻って、相続税・贈与税を見直すならば、生前の贈与税は廃止したほうがよい。
駅前商店がシャッター通りと化している一因として、資産の流動を税制が阻害していることもある。(何%だったか忘れた) 贈与税が高いので、高齢で商売を続けられなくなった人が、亡くなるまで資産を放置しているわけである。非常にもったいない。商売をやりたい人達がそういう店舗を活用できるようになれば、地域興しの一環としていろんな知恵がわいてくるのではないか。車を運転しない住民がブラブラ散策するだけで楽しい商店街作りはできるはずだ。

政府税調も、経済活性化のために「生前贈与」の活用を検討しているが、まだまだ活用には至っていない。

経済成長だ財政再建だ増税だの方法論ばかり非難し合っていないで、政治家はもっと「国のかたち」を論じてほしいと思う。

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