日本、米国それぞれの選択と可能性(2)
米国の民主党リベラル勢力は、金融工学を駆使した「強欲資本主義」とブッシュ政権の経済政策を批判したが、強欲かどうかはともかく何事もやり過ぎは破綻を招く。金融への監督・監視を怠ったが故に「やり過ぎ」「行き過ぎ」を見逃し、グリーンスパンは「間違った」と述べた。「神の見えざる手」を信じていたわけではないだろうが・・・。かといって、○か×か二者択一で「資本主義」か「社会主義」かを選ぶのは近視眼に過ぎる。日本では情緒論が横行しているので、今や社民主義なるものが大手を振っている。そんなものは、「あの山を越えるときっとお花畑が広がっているに違いない」という幻想にしかすぎないのである。山を越えれば、いつか来た道、それも失敗して懲りたはずの歴史の再現が待っている。
公務員改革は「改革の負の遺産」くらいにしか思っておらず、また田母神論文を無条件に持ち上げるような「日本無謬性」に陥っている右派の人達は気をつけたほうがいい。左側の「すわ軍部クーデターの萌芽か!」「文民統制の危機」という論調もお門違い。テレビの討論会を見ていたら、いまだに「文民統制」を「文官統制」と誤解しているまま議論していて驚いてしまった。まずは、戦前の統帥権干犯問題あたりから徹底的に議論してくれ。
昭和天皇の「日米開戦回避」の意向を受けて、政治家達が英米と外交努力したにもかかわらず、結果として東条英機首相が陸相・参謀総長まで兼務し、議会は軍部官僚を抑えられなかった。(海軍・陸軍の対立もあった)
天皇のご意向を汲んだ東条英機もジレンマの中で気の毒なことだった・・・と、あの時代を振り返れば辛い思いしか出てこない。昭和天皇の心の内はどんなに引き裂かれる思いだったか。その経緯から推察しながら卜部日記や冨田メモを再度読むと、「それが私の心だ」の部分について、保守右派とはまた別の感想を抱く。
要は、天皇陛下のご意向までねじ曲げるような国家ガバナンスの欠陥があったということ。
官僚が政治家に転身し、政治の場から霞ヶ関の“ご意向”に沿った動きをすることは、歴史を反省したと言えるのか?GHQ占領時代も“官僚組織”だけは壊せなかった。看板だけ付け替えて責任逃れをしてきたのは、あの当時からの得意技だったのである。
地方の首長の6割が官庁出身とはどういうことか。世襲も官僚も国益に立つ人材なら問題ない。しかし、官庁出身の首長や国会議員が、えてして官僚的思考の枠を超えられないでいることにもっと注意を払ったほうがよいのではないか。今までの官僚的運用からの発想の転換が難しいのである。
参照:文藝春秋「暴れん坊知事、官と戦う」橋下徹氏・堺屋太一氏
堺屋 日本の高級公務員の汚職は世界的に見て少ない方だから、「倫理の腐敗」はない。しかし省益中心の発想を疑わない「倫理の頽廃」が甚だしい。腐敗は、悪いと知りながら私利私欲に働くこと。頽廃というのは何が正しいか、何が悪いかわからなくなること。この方が重い問題です。
(3)に続く
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