日本、米国それぞれの選択と可能性(1)
思いつくまま日米関係とそれぞれの選択について書いてみた。
一気に書いてはみたが、すご~く長くなったので、小分けして四夜連続でupする。
◇
「日本は米国従属型を見直せ」、「自衛自存の精神を持て」ということを右側のほうから語られているが、経済も安全保障もごっちゃになっている。時として、被害妄想から誇大妄想に陥っているんじゃないか?と思われるような幼稚な論がある。
反中嫌韓感情から、反論として第二次世界大戦から日米開戦までを美化するネットウヨクも多い。ウヨクもサヨクも陰謀論に嵌りやすい点において、似たようなものだ。「米国は日本搾取の反日国家だ」がベースになった「反米気質」が日本中に蔓延している。
「アメリカ」を擬人化して「アイツがやることなすことが気にくわない」と感情的になり、左傾メディアが「そうです、アメリカこそ日本をいじめるジャイアンなのです」と吹き込んで責任転嫁することによって、今そこにある危機から目を逸らすことに成功する。反日を煽って政府から目をそらす中共のやり口と一緒。そんなメディアの論調に思考停止したウヨサヨは、「小泉改革は米国追従」と結論づけて安心してしまう。責任転嫁していることに気づかないまま日本の歴史認識美化運動に熱中し、改善すべき病巣の発見を遅らせているのである。
誰が、どんな組織が、どのような思想をもって誘導しているのかを鳥の目・虫の目で見ていかなければならない。
私も現政権を指して「アメリカは」とよく表現する。その場合、アメリカの誰が、どんな背景で動いているのかをまず調べるべし。
たとえばイラク開戦時、パウエル氏やアーミテージ氏が“冷蔵庫の中に閉じこめられている”状態で、ネオコン主導でイラク開戦に走った。パウエル氏が国連で開戦理由を説明していた時、私は本気でパウエル氏に同情したものだ。
私は「ネオコンは嫌い」と書いた。しかし、北朝鮮にも一貫して強硬路線を取るだろうと期待して支持してきた。しかし、ネオコンが限界を露呈して失脚した時、米政権はダブルどころかトリプルスタンダードで目くらましをかけてきた。民主党のヒル国務次官補が己の野心ゆえに対北交渉で独断に走り、調整型のライス長官を丸め込んでしまったように見える。そのような背景を一つ一つ検証せずに「アメリカは日本を裏切った」とは簡単には言えない。ブッシュが親日でオバマが反日とも言えない。逆もしかり。あるのは国益versus国益だけである。
ブッシュ大統領の任期中、ネオコン寄りの覇権・単独行動主義が顕著になり、金融立国にあぐらをかいてきた結果、未曾有の金融危機に見舞われた。今後、オバマ政権では「保護主義」台頭が懸念されている。オバマ大統領は、それなりに国際協調の姿勢でうまくやるとは思うが、もっと長いスパンで、米国はいずれモンロー主義に帰るのでは?と私はずっと考えてきた。(米国の凋落、世界の多極化が前提になるかもしれない)
モンロー主義的なるものへの回帰の根拠は、大量生産・大量消費型から価値観重視の社会に転換を余儀なくされ、アメリカの空気が内向きにならざるを得ないと思うからである。堺屋太一氏は「知価社会」と表現している。そして古き良き時代の建国精神に緩やかに揺り戻されていくような気がしている。日本に置き換えてみると、お江戸にノスタルジーを感じる保守層のように。「アメリカは市場原理主義」とアメリカを擬人化してレッテル貼りをする典型的「反米気質」の「日本の品格」を語る人々は、「武士道精神」を日本人の理想型と喧伝している。自称「サムライ」の政治家もいる。武士道精神?誰に忠誠を誓うのかしらね。ラストサムライは新しい時代に参画できず、華々しく散ったわけだけれど・・・。
アメリカは多民族国家ではあるが、「一つのアメリカ」の元に同化するのではなく、互いの文化を尊重しながら民族の棲み分けはもっと進むだろう。フランスが行ったような無理な同化政策は弊害が大きい。米国人の祖先が移民だったのだから、一つの旗の下に機会の平等化を進めるべきである。マイノリティ救済の応急的社会政策より教育の格差是正のほうが根本的な解決になる。父親がケニア人のオバマ大統領誕生は、アメリカの多民族の宥和を象徴する出来事だったと私は信じている。(期待を込めて)
(2)に続く
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