■景気回復“いざなぎ”に並ぶ
12日の関係閣僚会議に報告された月例経済報告で、政府は、企業の生産や設備投資を中心に国内の民間需要が伸びていることから、引き続き「景気は回復している」という判断を示しました。これによって、平成14年2月から始まった今の景気回復の期間は4年9か月に達し、高度経済成長期の昭和40年から45年にかけて続いた戦後最長の「いざなぎ景気」に並ぶことが確実になりました。また、先行きについても「国内の民間需要に支えられた回復が続くと見込まれる」として、積極的な企業の設備投資などに引っ張られる形で景気はさらに回復を続け、来月には「いざなぎ景気」を超えるという見通しを示しています。一方、物価の動向については「海外経済の動向などが与える影響について注視していく必要がある」という表現を維持して、デフレから完全に脱却したかどうかの判断は今回も見送りました。
いざなぎ景気では、所得が2倍以上増え、給与も着実に増えていたので、庶民には景気の実感がありました。今回の景気は、回復基調にあるというだけで所得は増えず、実感にはほど遠いものがあります。しかし、この田舎でも、一頃は潰れる寸前に見えた町工場も活気を取り戻し、町の観光産業も立ち直っているので、確実に光は見えてきたように感じます。日本全体が、痛みを伴う整理縮小から発展的投資に移ってきていることは間違いないと思います。
小泉-竹中の経済施策をどう評価するかは、スタンスによってさまざまですが、とにかく金融破綻を避けるために応急処置的に強引に不良債権処理をしました。貸しはがしされるほうは、血の出る痛みを通過しました。
財政破綻をこれ以上放置できない状態で小泉政権が誕生したわけで、安易な財政出動をせず、応急手当だけして、政府コントロールで過治療に陥ることなく、どちらかというと規制緩和という環境を与えて市場の自然治癒力に任せたというふうに見えます。「小泉は何もしなかった」ことがよかったと言われるゆえんですね。底辺はそのままで、儲ける人は莫大な資産を築いたので、格差が出たのは当たり前です。メディアは社会主義国家の格差と同一に語らないでもらいたい。
実感なき景気を何と呼ぶか?神武景気、岩戸景気、いざなぎ景気って誰が名付けたんでしょ。今度はいざなぎ・いざなみの子供の名前はどうかなと思ったり。最初の子は、いわゆる祝福されない子だったので、中途半端な景気回復の名前にはぴったりじゃないかと思って^^;
===================(閑話休題)
話は脇に逸れますが、ここで古事記のお勉強。素敵なHPがあります。
古事記のものがたり
第三話 いざなぎ・いざなみ
(略)
わたしたちのご先祖は、数十億年も前から、すでに地球が自転していることや塩の固まりであることを知っておられたのでございます。
二人はさっそく出来たばかりの『おのころ嶋』に降りていき、まず最初に『天の御柱』を立てました。天の御柱とは、神霊が昇り 降りするために立てるとても太くて高い柱で、大地と宇宙を結ぶ大切な役目をしています。そしてそれは、地球のどこからでも見ることができます。
つぎに『八尋殿』という広い宮殿を建てました。
こうして新居もできあがりひと息ついたところで、いざなぎは、自分自身の下半身に何か不思議なものが、ぷらんぷらんとぶら下 がっているのが気になり、
「おまえの体はどんな風になっているのか?」
といざなみにお尋ねになりました。いざなみは、しげしげと体を眺めて答えました。
「わたしの体はほとんど完成しているのですが、一か所だけ、ぺこん、とくぼんだ『なりなりて成り合わない』ところがあります」
「わたしの体にも一か所だけ、ぽこん、と飛び出た『なりなりて成り余れる』ところがある。そこでどうだろう、お前のくぼんだところに、わたしのとびでたところを差し入れて、国を産もうと思う が、いかに?」と申されました。
「はい。そうしましょう」
といざなみは、股を広げて答えられました。
「では、新しい魂を宇宙からいただくために、天の御柱の周りを 廻ろう」
そして、いざなぎは左から、いざなみは右から回り、二人が出 会ったところで先にいざなみが、
「あなにやし、えをとこを(ああ、なんとええおとこ!)」
あとからいざなぎが、
「あなにやし、えをとめを(ああ、なんとええおとめ!)」
と見つめ合いました。
言霊といって言葉には不思議な霊力が宿っております。いい言葉を言えば幸せになり、悪い言葉を言えば不幸になっていくのです。そこで二人は、国を産むにあたってお互いをほめたたえる言葉をかけあったのでございます。
このとき、いざなぎは、
「女の方から先に声をかけたのは良くないのでは?」
と言ったのですが、あまり気にもとめないで、宮殿の奥にある寝室へと入られ、男女の営みである『みとのまぐはひ』をされまし た。
やがて、いざなみは骨のない『水蛭子』をお産みになられまし た。
二人は泣き悲しみながら、この子どもを葦船に乗せて流し去りました。つぎに『泡嶋』が産まれましたが、やはり、泡のように浮かび漂うばかりで人の形にはなりませんでした。
いい言霊を使ったのにどうしてこのようなことになったのでございましょうか、お二人は神々にご相談するために、ひとまず高天原に帰ることとなりました。
いったいどうなっていくのでしょうか。このお話はまたこの次 に。
そっかぁ、水蛭子景気じゃまずいなぁ。皆さんだったら、どんな名前を付けたいですか?
さらに脇道に逸れますが、伊弉諾尊・伊弉冉尊(げっ、こんな字だったのか)の夫婦に健康な子供が生まれなかったのは「女の方から先に声をかけたのは良くないのでは?」と言っています。この逸話は、アダムとイブの創世記と符合しています。単純に聖書の一字一句を真理と信じる向きには受け入れられないと思いますが、聖書は重要な部分が比喩で書かれており、黙示録で、時至れば解明されるとしています。
「神様の言いつけを守らずに木の実を食べたから堕落した」が意味するところは、堕落というのは秘密の花=イブを食べた、つまり「食べる」ことは男女の営みを指しており、神様が時至るまで結婚してはいけないと警告したのに、思春期において女から男を誘惑したのが間違いであったと解釈できます。ですので、イザナギ夫婦に生まれた子が『水蛭子』だったように、アダム夫婦にさきに生まれたカインの供え物は、神様から拒否されたのですね。まぁこれも神話の類なので、あまりお気になさらず・・・。神様からの三大祝福は「生めよ、増えよ、地に満ちよ」と訳されていますが、原文を見れば「成熟せよ、子孫繁栄せよ、地を治めよ」と理解するほうがしっくりきます。神話を読みながら、そこに隠された何かを想像する作業は、夢があって楽しいですね。
===================(言帰正伝)
横路に散歩しすぎましたか。話を現代に戻しまして。
小泉政権前では、財政出動→不良債権放置という長期ビジョンに欠ける経済施策で、積もり積もってとんでもない借金を背負い込んでしまいました。外交においても、失われた10年という論評があったのでご紹介します。
■日本外交の失われた10年(1/18)鈴置 高史 編集委員
(略)
中国の台頭を無視し続けたチャイナスクール
中国の経済的台頭は90年代半ばから明白だった。粗鋼などの生産力で日本を上回り、品質管理で日本に追いついたのがそのころだ。劣っていた生産の質さえ日本に追いつけば、人口が10倍の中国が一気に規模の面でも飛躍し、日本を凌駕(りょうが)していくのは当然だ。日本の一部メディアは90年代半ばからこれを繰り返し指摘していた。2000年以降は「中国台頭」は多くの雑誌なども競って書く定番の記事になった。だが、日本政府は目をつぶったままだった。
2001年秋にある自民党の大物政治家は北京を訪れた。その直後に「外交官からビジネスマンまで、外務省の設定で会った北京の日本人はいまだ、『中国経済なんてたいしたことはない』と一斉に口をそろえた」と苦笑しながら語った。苦笑しながら、というのは外務省の「情報操作」があまりに露骨だったからだ。
この政治家は民間企業に勤務した経験を持っていたから、すぐそのいいかげんさを見抜き、こう漏らしていた。「中国企業の平均値が低いのは事実だとしても、日本企業と競争する一部の企業の競争力が優れていれば日本は空洞化する」。
実際にそうなったのだが、日本の中国専門家(チャイナスクール)はその現実を無視し、政治家にも敢えて間違った情報を流し続けた。いったい何が目的だったのだろう。
日本の役人の一人が当時語ったところによれば「そんな本当のこと(中国台頭)を政治家に知られれば、対中援助を止められてしまう。チャイナスクールとして貴重な利権たる援助を失うわけにはいかない」。
(略)
「援助」と「情報」の分離
いま、「ODA庁」構想が浮かぶ。援助の権限を外務省から奪って首相直属の機関に移す、という構想だ。「政府系金融機関見直しの一環」として主張されるこの構想は、単に効率向上だけが狙いではなく、様々の政治的な思惑もからんでいるのだろう。
だが、「正確な情報を日本のトップが持つ」という意味では、政策実行機関たる外務省から援助の機能を切り離すのは正しい方向だろう。繰り返しになるが、中国を巡る外務省の「情報操作」は同省が「援助」の権限を持っていたことが主因だったからだ。
さらに言えば、外交・安全保障に関する強力な分析組織も外務省以外に、たとえば首相の直轄機関として作るべきだろう。「中国」の例で言えば、首相直轄の力強い情報機関があれば認識の遅れは少々は救えたかもしれない。
どんな組織でも、パフォーマンスをチェックするために、「実行機関」とは別途の「分析機関」を作るのは常識だ。金融の世界でいえば、民間金融機関に対する国の指導と検査を同じ組織がすべきではない、という理屈と似ている。いや、比較的容易に危機を認識できる国の問題以上に、海外に関しては情報収集・分析の仕組みに意を注ぐべきだろう。
省益のために情報操作をして、国の方針をコントロールしてきた悪弊は、かつて第二次世界大戦に至る経緯で、海軍・陸軍の対立、情報隠蔽があったことをふと思い出しました。現代でも役人が国益中心に思考しているかといえば「NO!」です。政治主導が強く求められます。
小泉-竹中前の経済面で失われた10年が、やはり“省益”が国益を損傷していた事実を認識しなければなりません。谷垣氏は消費税アップの必要性を正直に語るとして評価される向きがありますが、デフレ脱却の実感なき時に、消費税アップなんかしたらどうなりますか。ほんの数年前の消費税アップによる景気低迷に学習したらどうなのかと思います。少なくとも底辺層の底上げまで待つべきです。
■選択 安倍政権支配目指す財務省
・・「失われた10年」再来の悪夢・・
「ほお、安倍さんはけっこう財務省と戦うつもりなのかな」。安倍晋三新政権がスタートした九月二十六日、ある省庁幹部はそうつぶやいた。
その理由は経済財政担当相に、政策研究大学院大学教授の大田弘子を抜擢したためだった。
大田は、二〇〇二年から〇四年にかけて、政治任用の幹部として内閣府で政策統括官や内閣官房審議官を務め、景気判断や政策分析を担当していた。また経済財政諮問会議の「裏の仕切り役」を務めていた。これは平たく言うと、諮問会議で民間議員が議論のキックオフとして出していた「民間議員ペーパー」の原案を書いていたのが大田、ということだ。当時の諮問会議の司会進行役は前総務相の竹中平蔵だった。
当時、民間議員ペーパーは議論の行く末を左右する重要な要素。竹中は、大田と話し合い、民間議員ペーパーの書き方などを検討。一方、大田は自身のチームで情報を集めたうえでペーパーを作成した。民間議員にも提示して了承を得て諮問会議に諮っていた。
ペーパーは一定の方向付けがされて提示されていたのが特徴だった。民間議員が四人連名で提案した案件は、財務省や経済産業省が不満を述べても「四対二」になるため、かなわないことが多かった。会議は小泉が最後に一言を発すれば結論が出た。このため、ペーパーが出される前に各省庁に観覧された時にどれだけ骨抜きにできるか、が役人たちにとって「勝負」だった。
諮問会議を有名無実化する企て
だが昨年十月、竹中が総務省に去り、与謝野馨が経財相になると体制は変質する。与謝野は民間議員ペーパーの作成権を内閣府の事務局から取り上げ、財務省に預けてしまったのだった。
以来、諮問会議は財務省の思いのままになった。その結果、活発だった役所と民間議員の激論もぱったりやんだ。財務省が民間議員の振り付けをしたためだった。竹中は「諮問会議は改革のエンジンから(議論をする)アリーナになってしまった」などと恨み節を口にしていた。
それだけに今回の大田登用は「竹中が背後で動き、念願の自分たちの失地の『奪還』となった」とする評価もあった。
だが、実際は安倍自身が官邸で開かれる月例経済報告で、解説を行う大田を気に入ったのだという。小泉に対応する竹中、のように、象徴的な経済ブレーンを置きたかっただけ、という話もある。
一方、宿敵の財務省は「大田はしょせん小粒」「もともとは我々が面倒をみて育ててあげた人物なので、関係は悪くないんですよ」と余裕の表情だ。
それは今回の組閣によって、財務省が「官邸支配」復活の手応えを得たことを示している。そして官邸を押さえてさえいれば、諮問会議がいくらばたつこうが、赤子の手をひねるも同然なのだ。
財務省は今回の組閣で当初、与謝野経財相を大臣に据えようと画策した。財務省のリークもあり、組閣前の下馬評でも与謝野は財務相の呼び声が高かった。だが与謝野は、渡邉恒雄や中曽根康弘が福田康夫の「代打」として総裁選に出馬させようとしたため、安倍に嫌われた。しかし結局、与謝野は税制調査会長という経済政策の要職についている。
晴れて財務大臣になった尾身幸次は元々、商工族。「経済成長なくして財政再建なし」路線で一見、財務省とは反りが合わないようにもみえる。だが同省は 「時間が経てば(攻略できるので)問題ない」と意に介さない。
しかも安倍は今回、元大和総研理事長の的場順三・元国土庁次官を官房副長官として登用した。的場は元大蔵官僚で故安倍晋太郎と旧知の仲だった。安倍の看板政策の「再チャレンジ」についてアドバイスも行っている。安倍としては父親時代から続く信頼できる人脈を官邸に引き込んで機能強化したつもりだったようだ。
財務省をしのぐブレーンがいない
だがその判断はお人好しにすぎるだろう。この就任に財務省幹部は小躍りして喜んだ。もともと、厚労省や警察庁などの出身者が就いていたポストに、新たに自分たちのOBが座ることができたからだ。
さらに小泉政権の終焉にともなって交代が噂されていた官房副長官補の坂篤郎も留任が固まりつつある。坂は再チャレンジの具体策作りを主導した張本人で、安倍の知恵袋を自任している。
ちなみに実際の再チャレンジ策は、各省庁の余った政策を寄せ集めただけで、具体的な実現年度などが記されておらず、「枯れ木も山のにぎわいのシロモノ」「がらくた市」(政府関係者)、と霞が関周辺では評判が悪い。安倍自身も「あまり出来はよくないなあ」と苦笑するほどだったという。
安倍の政務秘書官を務める井上義行や、側近の世耕弘成などは、財務省が着々と、このようにして盤石の陣を敷いていることに気づいていないのか、あるいは目をつぶっている。
関係者によると、世耕の本音は、自分自身ができるだけ名前を売って、来年の参院選に備えることという。官房副長官になった下村博文は、「財務省支配が何を招くか、その問題点すら理解できていない」(経済官庁幹部)という。目をつぶっているだけなら布石は打たれようが、気づいていない危険性は極めて高い。
安倍政権はまさに「仲良しクラブ」の様相を呈している。論功行賞で仲良しばかりで人事を固めたがゆえの限界が早くも見え始めている。
安倍政権が財務省の操り人形となる徴候はすでにある。安倍が総裁選挙戦に臨むにあたり九月一日に公表した政権構想は、具体的な数値目標や実施時期などの極めて乏しい内容だった。選対の腹心で当時は官房副長官、今回の組閣で法務相になった長勢甚遠が指示して作成したものだが、長瀬は、副長官補の坂に細部の設計を打診していた。
財務省関係者によると坂は「具体的な数値を出せば手の内を明かしてしまう。圧倒的支持率なのだから今は手の内を明かさず通常国会でやった方がいい」とアドバイスしたという。長瀬はあっさり納得、「麻生や谷垣に言質を取らせない方がいい」と安倍にそのまま上げたという。その結果が、あいまいな政権構想だった。
実はそこが財務省の狙いだった。国民の高い支持率を背景に、具体的な数値や目標を盛り込んだ政権構想が組み上がっていれば、役所は嫌でも従わざるを得なくなる。
小泉時代、不良債権処理や郵政民営化が進んだのは、役所や既得権益業界を執拗なまでに「抵抗勢力だ」と批判し、国民の支持を盛り上げて推進力にしたからだった。
財務省が恐れているのもそこだ。だが安倍政権が船出から時間がたち、人気に陰りが出てくれば、抜本的な構造改革などに手を付けられなくなる。坂は、そこまで読んで長瀬にアドバイスしていたのだった。
その具体例を一つ挙げる。政権構想の検討時、「臨時国会で地方分権推進法を制定させる」という一文を入れるかどうかが検討された。長瀬に相談された坂は「臨時国会は法案が立て込んでいます。時間がありません」と説明して排除することを求めたという。
本音は違う。「分権推進法を通されたら、補助金や交付金をばらまくという中央官庁の権限が失われる」(政府筋)ためだ。そして坂が代わりに入れるよう勧めたのが「道州制ビジョンの策定」だ。一見すると地方分権は進みそうにもみえる。だが関係者によると実はこのビジョンの策定に二、三年は掛ける予定なのだという。要するに、まず改革の先送り、中央官庁の利権維持ありきなのだ。最終的にこの法案は臨時国会に出される見通しになったが、霞が関は常に骨抜きを狙っていることの一例だ。
ただ安倍は、役人の怪しさや自分が裸の王様にされかかっていることに気づきつつあるという。そのため官邸主導体制を確立する名目で、役所からスタッフを公募する方針を示した。当初は、母体組織に背を向けてでも改革に取り組む中堅・若手を採用する計画だった。だがこれも途中で、役所が介入。人事部局を通じて「スパイ」を派遣する場に変えてしまった。総務省はそのために十人を超える候補を選出し、財務省・経済産業省も入念な人選を行った。外務省は「うちは一人だけでいい」という判断である。
真に安倍を支えるブレーンは至って乏しく、先行きは極めて暗い。長瀬も世耕も下村も、自分の論功行賞が気になっている様子であり、一方の、秘書官の井上は事務量が許容量をオーバー、首の回らない状態という。
「この政権は泥舟だ」という警鐘
それだけではない。船出したばかりの内閣に早くもスキャンダルの匂いが漂っている。火種になりそうなのは『安倍晋三の経済政策を読む』を記した藤田勉の著作だ。
安倍と対談したうえ、注目株の銘柄なども書いている。金融庁関係者は「証券取引法上の風説の流布に当たらねばいいが」と懸念する。仮に安倍の親族などが藤田の著作にある株式を持っていたら、野党の格好の攻撃材料になる。また久間章生防衛庁長官や松岡利勝農林水産大臣周辺にも捜査当局が強い関心を持っているという情報が消えない。
そんな政権の危うさを市場筋も懸念し始めている。外資系証券アナリストは「経済官僚の司令塔はいったい誰なんだろう。自分のネットワークを持っている人か、役人と戦える人か」などと疑問を呈している。一九九〇年代、財務省の支配が不良債権を放置したうえ日本の景気回復を遅らせ、「失われた十年」をつくったことを知っているからだ。しかも市場は小泉の下で竹中が主導した構造改革を見ている。
「市場は小泉を新聞やテレビで見て安心していた。早晩、彼が消えたことに、たまらなく不安を覚えるのではないか」と指摘する市場関係者もいる。米政府関係者も「小泉型の構造改革が継続するか否かが、日本経済の先行きを見極めるバロメーターだ」と分析する。
仮に市場が安倍政権を見放せば、日本経済は下降局面に入ることになる。ただでさえゼロ金利解除で頭打ち状態なだけに痛手になるのは間違いない。そうすれば地方から先に悲鳴が上がり始める。「成長なくして財政再建なし」のシナリオは危うくなってくる。
財務省はそこを待っている。「総理、ご心配なく。本年度の法人税は増収でしたので数兆円余裕があります」などと「隠しポケット」の財源をちらつかせることになる。そして引き替えに消費税の引き上げを要求することになるだろう。そうなれば安倍政権の凋落は必至だ。官僚機構の既得権益維持のために、「国民的人気」だった政権はもろくも崩れ去る。
政権は、まだ支持率の高い臨時国会のうちに、改革の断行意欲を示す必要がありそうだ。ある政府関係者は「組閣メンバーは期待はずれだった。このままでは市場が見放す日も遠くないだろう。この政権は泥舟だ」と悲鳴を上げている。
途中カットしようと思ったけど、重要なポイントばかりで、ほとんど全文転載してしまいました。役所から公募したスタッフを前に、安倍首相が「省益ではなく国益を中心に考えてください」と念を押すシーンがニュースで流されていましたが、御用政治家を使った官僚の手練手管に乗せられないように緊張感をもってお願いします。以上は、経済界から安倍政権へ向けて、不安と期待が入り混じったような解説でした。
「再チャレンジ」の舞台裏を読むと、羊頭狗肉どころか羊頭腐肉の省益中心・利権誘導であることはわかったかと思います。ようやく投資の勢いが出てきたところで、いわれなき“格差”批判に媚びて、安倍政権は経済政策を逆行させてはいけないと強調しておきたいと思います。再チャレンジにカネをつぎ込むくらいなら、医療制度改革をもっと見直すべきです。