「日米開戦の真実」続き。「親米保守」はあり得ない概念か
前回の続きです。
大川周明氏による「日米開戦の真実」の粗筋を一言で言い表せば「米・英覇権主義のアジア戦略に日本が負けた」ということになろうかと思います。満州を重要戦略拠点にした覇権争いです。米・英帝国の性悪な植民地政策VS.日本帝国のアジア解放という道義的責任感のために通過せざるを得なかった戦争というスタンスです。
現在の日米関係が、小泉-ブッシュの個人的信頼関係と相まって、戦後最良の同盟関係を迎えていることは、思えば奇跡的なことですね。開戦から敗戦処理に至る悲劇は、この60年間に日米双方にアンタッチャブルなものとして横たわってきました。水面下で、数々の落としどころを探り合ってきた歴史と言えるかもしれません。
日本は東京裁判の判決を受け入れることをもって再出発し、安保体制はアメリカに従属させられてきました。ソ連の脅威から身を守ることをアメリカに丸投げできたおかげで、日本は経済復興に集中できました。日本は酷い目に遭いましたが、占領したのがアメリカでよかったと心から思いますよ。あわやソ連によって東西分裂の危機だったのですから。
本当は佐藤栄作首相時代から求められてきたのは占領政策の脱却、つまりアメリカは、日本自らの意志として9条改正によって自立してもらいたかったのですね。朝鮮戦争で本当の敵がどこだったのかを突きつけられて目が覚め、日本が国際社会のどの枠組みにおさまるべきか見据えていたのは、案外日本自身よりアメリカだったと思います。
日米開戦で鍵となるのは、「満州」を巡る覇権争いです。近代化の進まぬアジアにおいて、日本は欧米列強から守るために一時的にでも“植民地政策”をとりました。しかし、それは欧米とは似て非なるものであり、決して搾取を目的とするものではなかった。日本人はそのように理解して行っていましたが、現地の人々にとっては余計なお世話、結局日本の独善であった側面も否めません。日本は、中国も韓国も一流国に育てたかったのですね。多くの人材を日本に留学生として受け入れ、啓蒙して自国に送り返していました。蒋介石もその一人です。
アメリカは、中国をアジア覇権の足がかりとして、日本を排除したかった。そこで、アメリカは最後通牒と言われる「ハルノート」を突きつけたのです。それは満州国を手放すことを条件としていました。満州を守るために駆け引きしてるというのに、はじめから呑める話ではありません。
中国では国民党の蒋介石がアメリカと手を組んだ!
では、彼は日本を憎んでいたのか?中国の知識層は、アメリカに正義を見ていたのか?違いますよね。国内覇権争いに利用しただけ。
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ここで、A級戦犯として処刑された松井石根大将のエピソードを紹介したいと思います。
参照:SAPIO「南京大虐殺」首謀者として断罪された松井石根が日中戦没者のために建立した興亜観音秘話」
松井大将は第二次上海事変で派遣された日本軍の総司令官でした。
南京攻略戦後、こう述べています。「今回の戦闘は日中兄弟のやむをえぬ戦いだったが、将来いずれ協同してアジア独立運動の為に働く礎となるものである」
日中の犠牲者を悼み、亜細亜を興すという願いをこめて「興亜観音」を建立しました。観音像は戦場だった上海、南京の激戦地から陶土を取り寄せ、日本の陶土と練り合わせて製作され、その姿は南京に向かって合掌しています。
松井大将は、中国の復興と大アジア主義の理想に目覚め、自ら望んで北京駐在武官となり、孫文の革命を支援していました。その頃蒋介石と出会い、下宿の世話もして目をかけていたといいます。蒋介石は松井を「日本における父」と呼びました。
国民党は、済南事件以降、抗英から抗日へと転換し、各地で日本人に対する掠奪、暴行、殺害が起こるようになりました。松井大将は、国民党による統一を説いて回るも虚しく、盧溝橋事件以来の事態収拾の命を受け、南京戦を指揮したのです。興亜観音を建立したのは、帰国してすぐのことです。そして自身は近所に庵を建て、読経三昧だったということです。
松井の思いはいかばかりだったか・・・。
上海戦時の岡田少佐の証言があります。「大将は中国人が可愛くて可愛くて仕方がなかった人です」「日本軍だけの遺体を整理し、敵軍の遺体を放置するとは何事か!と叱責したりもしました」
湯水鎮に進出した際、焼け跡から赤ん坊の泣き声が聞こえたので、救助して「松子」と名付け、翌日の入城式には当番兵が背中に背負って式に臨みました。
中国人はこともあろうに、日本軍は中国の赤ん坊を銃剣で串刺しにしたとか食べたとか言いふらしています。それは中国人ならやりかねないことを中国人の発想で作り話しているだけですね。
このような松井大将が、東京裁判での「南京大虐殺」首謀者であるわけがない。そこには慈しんできた中国人への思いと理想があるのみ。日中戦争という運命の皮肉もまた「大アジア主義」への一里塚として甘受したのではないか?そんな気がします。
それを誰よりわかっていたのは、蒋介石でした。
戦後、蒋介石が台湾に落ち着いてから、岸信介首相が台湾視察した際、視察団の中にかつて松井大将の秘書である田中正明氏がいました。蒋介石との会見の時、田中氏から「松井」の名を聞くや蒋介石の顔色が変わり、震える声で涙ぐんでこう言いました。「松井閣下には申し訳なきことをいたしました・・・・」
いわれなき濡れ衣で戦犯として処刑された松井大将でしたが、粛々として判決を受け入れ、「中国を想う気持ちから冤罪であっても罪を引き受けたのではないか」とSAPIOで松尾一郎氏は解説していますが、私もそのとおりと思います。
日本が、戦後遺族年金給付のために、戦犯として処刑された指導者の名誉を回復したのは当然ですね。
日本が「大東亜戦争は自衛戦争であった」と主張するのは、アメリカにとっては非常にまずい。国際法違反やら非人道的措置やら言い出したら修復不可能な亀裂が入るでしょう。だからトップレベルでは「A級戦犯が祀られている靖国神社」をあげつらうことはしないのです。しかし、日米分断工作にたけた中国の工作にまんまとはまり、いや、確信犯的に中国の代弁者となって、一部のアメリカの議員や知識層などから「日本の総理大臣の靖国参拝はよくない」と圧力をかけてくる始末です。
覇権国家であるアメリカが、再び歴史の過ちを繰り返さず、敵を間違えないように祈るばかりです。
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「親米保守はあり得ない」と佐藤氏が解説した内容ですが、もうちょっと説明しておきます。
佐藤氏は、日本における保守の定義として、大川周明氏の「神皇正統記」を挙げ、国粋主義者とは一線を画し「他者に寛容な多元的世界観を呈示している」ことを評価しています。
またアメリカに対しては、日本には日本独自の伝統文化があり、アメリカ型の新自由主義を善の要素として日本に接ぎ木したところで、日本という木の生命を更新できない。アメリカの覇権主義によってアメリカ型が押しつけられ、日本が隷属させられるだけであると警鐘を鳴らしています。小泉改革の間違いはアメリカへの隷属であって、本来の改革とは「自国の善をもって自国の悪を討つことでなければならない」としています。
小泉政権は、新自由主義と復古主義という相違のベクトルに足を置いているので、国家路線を提示できないことに問題があるといいます。新自由主義の流れに押されて、改革が土俗性から遊離すると、イタリア型ファシズムに類似した閉塞した政治体制が日本に生まれる危険性が高まると佐藤氏は危惧しています。・・・やっぱり小泉首相は独裁者だったか(^_^;
そこで西尾幹二氏の言葉を引用しています。
「ファシズムというとヒットラーやムッソリーニのことを思い出すがそうではない。伝統や歴史から切り離された抽象的理想、外国の理念、郷土を失った機械文明崇拝の未来主義、過度の能率主義と合理主義への信仰、それらを有機的に結びつけるのが伝統や歴史なのだが、そこが抜けていて、頭の中の人工的理念をモザイク風に張り合わせたきらびやかで異様な観念が突如として権力の鎧をつけ始めるのである。それがファシズムである。ファシズムは土俗から切り離された超近代思想である」
佐藤氏はこれを「慧眼だ」と賛同していますが、理念派特有の情緒的な言葉遊びにしか聞こえないんですよね。簡単に言ってしまえば「アメリカの要望を聞いて郵政民営化するような小泉改革は許さん!」でしょ。小泉支持者はIQ低いらしいから、わかりやすく言ってよ(笑)。
土俗とはそこに生きる国民に他ならず、他国の文化も良いと思えば採り入れるし、習性に合わなければ拒否する、常に融合しながら磨かれていくものでしょう。変な迷信は淘汰されていく。伝統は伝統として、共産主義革命でも起きない限り、民意の総意として受け継がれていく。受け継がれるべき愛国心を失ったのは誰のせい?アメリカのせい?バカ言うなよ。日の丸を踏みつけるような教師を作り続けてきたのは、旧ソ連の配下の左翼だよ。それをようやく小泉政権下で教育基本法の改正にまで話が進んできた。日本では長く左翼思想が知識人の良識とされてきたから、小泉政権が日本における重大なターニングポイントとなっていることを素直に見たらどうなのかと私は思っているのです。
日本では「親米保守」という概念は成り立たないとする佐藤氏の論理がおわかりでしょうか。大きな勘違いがあります。アンタッチャブルな地雷を抱えたような日米関係で、どちらが善とか悪とか考えることは外交上の益にはなりません。佐藤氏自身、そのように理解しながらも「右派の罠」にかかっているようです。
お互いの歴史認識が一致する必要はありません。そもそもどこの国もお互いに言い分があり、国益が違う以上、現時点では一致させることは不可能と認識しておいたほうがよいでしょう。かといって諦めてしまうのではなく、さまざまな交流の中から正すべきところは正す努力は継続しなければなりません。一致させるべきは、何よりもA級戦犯問題が中国の分断工作であることを日米政府が認識することです。
「親米」とは、アメリカの価値観をすべて善としているわけではなく「米国と良好な関係を維持しながら対等な関係を築くこと」に主眼が置かれるべきだと私は言いたいのです。
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