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2006/05/20

韓国に見る「投影性同一視」

外交関係で韓国をウォッチしている日本人はたいていこう思っているはずです。少なくとも私はこう思っています。昨日の怒りを引きずっているかも。

彼らは自分の姿を鏡に映すように日本人を非難している。非難の根拠は薄く、事実で反証すると『なんで私たちの情緒を理解してくれないんだー』と感情的になる。すなわち優越感と劣等感の折り合いがつかず、甘えの構造を自己正当化するために、日本を加害者、自分たちを一方的な被害者とすることによってのみ精神の均衡を得ているのではないか。反日行為を繰り返すことが民族のレゾンデートルであるかのごとく、精神安定のためにその行為を反復せざるを得ない。事実の検証は必要ない。自分が“信じる”ことが事実であると完全に置き換えられてしまっているので、間違いを指摘しても無駄。「事実」であることと「彼らが信じていること」が間違っていることをもし強引に突きつけたりすれば、たぶん人格障害を起こす。無意識にでも自分を大きく見せようとするのは、小さな自分を認めたくない偏執的自己愛ゆえである。

そのまま読むとビョーキ?に見えちゃいますが許してね(^_^;
個人個人は優秀で素晴らしい資質を持っているわけですが、愛国心というエッセンスを加えた時に、同じ色に染まる傾向は強くあると思います。

日本人はどうかといえば、閉鎖的で思考が内向き。古代より村の互助組織内での対立を回避しようとする防御意識のなせるわざか、和を重んじ、なぁなぁで済まそうとする。自己主張が薄い。付和雷同して流されやすい。etc.
もっと日本人の欠点を挙げなければ公平じゃないと思ったんだけど、美徳しか思い浮かばなかったのですんません。

なぜ分析めいたことを書きたくなったかというと、中央日報の記事に爆笑してしまったから。自己投影のお手本のようなことを中央日報の記者さんが書いてくれています。

中央日報

【噴水台】強迫性障害
  ある行動をせずにはどうしても安心できない場合、脳ではどんなことが起きているだろうか。

  学者らは、強迫性障害(OCD)の患者の場合、脳で非正常的に速い新陳代謝が行われている、と主張する。 脳で、過度な割合でエネルギーが急激に消耗されている、とのことだ。 「強迫性障害の患者は、他の統制集団の人々に比べて脳の大きさがやや小さい」との学説も出ている。

  米国立精神保健研究院・ラポポルト博士は「強迫性障害は特定の行動を絶えず繰り返すことによって安定感を感じる状態」と定義付けた。 強迫的な行動には、大きく3の類型がある。 確認行為(Checkers)、正確型(Exacters)、洗浄強迫(Washers)などだ。 確認行為は、全く同じ行動を絶えず繰り返す。 正確型は、自分だけの儀礼的な方式によって、左右対称を合せるために全ての時間を費やすのだ。 周辺の物を磨きつづけるべき、と信じるのが洗浄強迫だ。 ラポポルト氏は「強迫症状は、現実についての知覚をわい曲する方向に導き、ほぼ魔術に近い」とした。

  その時、われわれの脳は、心理的な諸問題によって方向を失い、さ迷うようになる。 脳がおかしな方式で働くようになり、奇異な諸行動が現れる場合が出てくる。 脳の誤った作動のため個人はもちろん、周辺の人々、ひいては組織にも悪い結果をもたらしうる。

  最近政府当局者が、連日し「不動産バブル(非正常に形成された不動産のバブル価格)」が崩壊する可能性を予測する発言を吐いている。 「あき缶のような住宅(不動産価格が暴落し住宅価格が融資金額を下回るようになる場合の住宅を指す言葉)」、「乞食になる」などと荒い単語まで動員している。 だが、その裏面には「江南(カンナム)の住宅価格を無条件抑えるべき」という強迫観念が敷かれている、との見方もある。

  問題は、重症の強迫性障害を治癒するためには、長期間の治療が必要だとの点だ。 とりわけ、患者が完全に絶望感に陥りうる、との危険もある。 他人は難無く解決できることを強迫性障害のため解決できな場合に感じる挫折感は実に途方もなく大きい。 そこに、社会的非難やちょう弄などがついて来るようになれば、精神的な荒廃さまで感じるようになるらしい。 執着の対象を手放し、理解と寛容、ふびんと容赦をもう少し育てるのが、強迫性障害に適した治療策だ。 だが、強迫性障害で減るだけ減ってしまった脳を原状に復旧するのが簡単なことではないうえ、それを敗北や屈服に認識するようになる、との点が治療の障害物だ。 脳の行き過ぎたエネルギー消耗を防ぐため「江南の住宅価格」という単語を記憶の彼方へ隠してしまうのはどうだろうか…。

朴宰玄(パク・ジェヒョン)社会部門次長
2006.05.19 18:18:47

強迫症状は、現実についての知覚をわい曲する方向に導き、ほぼ魔術に近い
脅迫症状=反日行為と置き換えれば、なんというか、その、、(^_^;
アンチ小泉にとっては「これぞ独裁者小泉マジックだ」とか言われそうですけど。

自分の言葉は自分に返ってくる」というのは、私自身、若い頃から感じていました。「嫌いなヤツには自分の姿を写しているのだ」ということも。劣等感は傲慢の裏返しですよね。
自己愛の強い人とは、好き嫌い以前に付き合わないほうが良いというのも学習しました。最初は調子よくベタベタな関係になったりしますが、結局自己愛の強い人に都合の良い「みずきさん」を演じ続けさせられて、何か反論せざるを得なくなった時に、自己愛の人にとっては「優しいみずきさんに攻撃された!ほんとは酷い人だったんだ!」と受け取られ、あっという間に「最大の敵」にさせられてしまいます。私自身は何も変わっていない(笑)

自己愛の強い人の特徴は、とにかく人の悪口が多い。愚痴と悪口で生きていると言ってもよいくらい。しかもその自覚はない。ほんと・・「あんた何様よ!?」の世界です。こういう人とは一刻も早く離れることをお勧めします。

ニュー速コメント欄に紹介されていたサイト
「境界例の治療技法6:患者への理解と対応-投影性同一視による操作」

(略)
なぜこんなことをするのかというと、たとえば自己愛を映し出す場合で言えば、自我が貧弱なために自分で自分を愛することができないからなのです。自分に向き合おうとすると、どうしても見たくもない都合の悪い感情と向き合わざるを得なくなりますので、そういう不愉快な事態を避けるために、他人という鏡に自分を映し出して、そこに自己愛を注ぐのです。つまり、極端な言い方をすれば、他人の人格や個性などはどうでも良くて、あくまでも自分の延長としての存在としてしか他人を理解しないのです。

 これはたとえば弱者の救済という形で表現されることもあります。救いを求めている自分自身を、他人という鏡に映し出すのです。そして、そこに映し出された哀れな自分を、必死になって救おうとするのです。表面的には弱者を救済しようとしているように見えるのですが、本当に救おうとしているのは他でもない自分自身なのです。しかし、実際に自分で自分を救おうとすると、「見捨てられた自分」という、苦痛に満ちた心理的現実と向き合わなければならなくなるのです。ですので、このような苦痛を避けるために、他人という鏡に自分を映し出して、そこに映った自分を救おうとするのです。そのために、利用できそうな都合のいい弱者を探し出すのです。そして、自分自身の悲惨な状況を省みることなく、他人を救済することだけに情熱を傾けるのです。第三者の覚めた視点から眺めてみますと、「他人のことはいいから、自分自身のことをなんとかしたら?」と言いたくなるような状況が生まれるのです。

「ミズホちゃん、弱者救済もいいけど、社民党の衰退をなんとかしたら?」などと応用範囲の広い分析ですね。

自分のことを棚に上げて他人を非難するパターン
私の存在を無視するようなことをするな。
   → 自分自身が他人を無視するようなことを平気でしている。

お前はマトモじゃない。狂っている。常識というものを知らない。
   →  自分自身が狂っていて常識というものを知らない。

お前は卑怯で陰険なやつだ。
   →  自分自身が卑怯で陰険なことをしている。

なんで私の言うことが信用できないんだ。
   → 自分自身が他人を信用していない。

お前は私を支配しようとしている。
   →  自分自身が他人を支配しようとしている。

お前は欠点だらけだ。
   → 自分自身が欠点だらけ。

お前のようなやつは、誰からも相手にされないぞ。
   → 自分自身が誰からも相手にされない。

お前は態度がでかい。生意気だ。
   → 自分自身が生意気で、でかい態度を取っている。

まあ、境界例の人がこれを読むと、読んだだけでカチンと来る人もいるかもしれません。

カチンと来ない来ないσ(^^;)。無視されても平気だし、欠点だらけだし、負け組だもん。(笑)
お前はデムパだ。→おまえこそデムパだ。
あっ、、、ちょっとカチンと来たかも。。爆笑。。

私の経験から、このようなことを言う人には気をつけたほうがよいです。
あなたは自己満足でやっているだけだ
たいていは、裏付けのない自信のない人が、目に見えた実績を出している相手を貶めようという動機で、決めぜりふのように吐く言葉ですね。嫉妬の裏返しですので、言われた人は、かえって自信を持ってけっこうです。

さて、危ない人とは付き合わないほうがいい・・とは言いましたが、言いがかりをつけてくるのが隣人だと困るんですよねぇぇぇぇ、ご同輩。

もしもこれが境界例同士だったりするともっと大変です。お互いに自分のことを棚に上げて相手を非難し合いますので、さらに収拾のつかないような激しい言い争いになっていくのです。

もしこのような言い争いをネットで見かけたら、優しくスルーしてあげましょう。

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