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2016年5月

2016年5月11日 (水)

天橋立 籠神社

籠目唄 後ろの正面 籠神社
証し人(飛鳥昭雄氏)への 宮司(海部光彦氏)の泪

天橋立に鎮座する籠(この)神社と眞奈井神社に参拝してきました。
賑やかな(うるさい)中国人の団体をやり過ごし、心ゆくまで感謝を捧げてきました。

あっ!飛鳥昭雄氏の本でお馴染みの海部宮司が境内を歩いてるっ!と有名人に遭遇した気分でドキドキしました。それだけで満足でしたが、社務所に向かうとなんと宮司様が「きょうは寒いね」などと巫女さんとお話しています。目の前にいるっ・・・つい自然に口が開いてしまいました。
「あ、あまべぐうじさんですか?」「はい、そうです」(少しいぶかしげ)

いっぱいお話しできたんですよ。気さくでお優しい気品のある方で、宮司さんも思いがけず飛鳥氏の名前を参拝者から聞いて、嬉しそうでした。いやもぉ、飛鳥氏の本の付け焼き刃知識で質問攻めにしてしまいました。御祭神のこと、泰氏のことetc.
一番の収獲は、「渡来人の弥生人はどこから来たのでしょう?」とうかがうと、「前漢・後漢」と。籠神社には、その頃からのお宝があるのです。

海部宮司は、「飛鳥さんは2~3年いらしてない」と寂しそうでした。宮司さんは年配だし、1年1年が貴重なんだから、もっと会いに行ってあげればいいのに…と心の中で飛鳥氏に念を飛ばしました(飛ばないよ) 神社の秘密とその価値をわかってくれる飛鳥氏が大好きなんですね。ムー編集長の三上氏も一緒に来たことがあるそうです。
中丸薫さんのことも尋ねると、「突然いらっしゃるんですよ、『今、神社の裏にいるんですけど』と携帯から電話がかかってきます」とニコニコされていました。様子が目に浮かんで笑ってしまいました。

゚・*:.。..。.:*・゚

本伊勢の聖地は籠神社と伊雑宮です。後の物部氏を連れてきた徐福が上陸したのが天橋立です。キリスト以前の古代ユダヤの民が物部氏である一方、原始キリスト教の秦氏にゆかりのあるのが伊勢の伊雑宮(いざわのみや)です。

景行天皇の皇女・倭姫が天照太神の霊を背負って鎮まる地を求め歩き、ついに天照太神が「ふるさとの潮の香りがする」と言われたので、伊勢の地にお祀りしたと言われます。アマテラスとは海(アマ)でもあるのですね。イザワの宮とは預言者イザヤのことであるとも言われています。

籠神社の近くにある眞奈井神社も元々は六芒星のダビデの紋章が刻まれており、伊雑宮にも同じ六芒星がありました。最も重要な聖地をカモフラージュするように、後で外宮・内宮が造られました。

゚・*:.。..。.:*・゚

さて、籠目の唄は、籠神社発祥です。

籠目籠目 ダビデの紋章
籠の中の鳥は(鳥居は) 八咫烏は(聖なる物は)
いついつ出やる
夜明けの晩に 終末の時に
鶴と亀が統べった 伊勢と出雲が一つになる(2013年のご結婚)
後ろの正面 出雲大社の御祭神は西向き。その後ろは…
だぁあれ? 籠神社♪

201605102



日本古代史の謎が解かれる日は近いです。

飛鳥昭雄氏は海部宮司に「私が籠神社のことを証します」と伝えました。その時、宮司の目から ツーーーと一筋の涙が流れたそうです。

もっともっとお話したかったですが、どこかの新聞社の人が「お話の途中ですが…」と入ってこられたので諦めました。

古代日本の真実の一端を公開した籠神社に対し、国家神道の右翼が攻撃してくるそうです。天武天皇以後の正史とされる歴史認識が覆されるのはまずいわけです。私が「いやーあの右翼達は朝鮮系ですよ」と言うと、「そうらしいですね、今では中国系も入っているそうです」と宮司は嘆いていました。

「宮司さん、いつまでもお元気で」「あなたもお元気でね」
きっともう一生会えないんだろうな・・・。
一期一会の出会いでした。

20160510

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