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2015年8月

2015年8月15日 (土)

安倍首相談話の感想

安倍談話を要約すると

・戦争で犠牲となられた方々に哀悼の意を表する。
・当時は欧米列強がアジアを植民地化して搾取していた。日本は(大東亜の理想を掲げたが)欧米に経済制裁されて、敗戦に突き進むような戦争をしたことは反省している。
近隣のアジア諸国には歴代内閣が謝罪しているのでそれを引き継ぐ。
・でも、70年も過ぎて、これからも謝罪し続けなければいけないのはおかしいよね。
・かつては敵であった米国、豪州、欧州諸国をはじめ、本当にたくさんの国々から善意と支援をいただいたことを感謝している。
・事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。

よく練られた談話だなーというのが最初の感想でした。そもそも談話自体が中国韓国向けだから、なんだか強烈な嫌みにも聞こえます。

アジア諸国に過酷な植民地政策をとっていたのが欧米諸国。日本は日露戦争でまさかの勝利をし、虐げられていたアジア・アフリカ諸国を勇気づけたとさりげなくアピール。
で、日米開戦は米国から挑発されて追い込まれたからだよね?と米国に向けて投げかけつつ、多大な犠牲を出して負けたのだから国策を誤ったのは間違いないと。
日本は「新しい国際秩序」への「挑戦者」であった。‥というフレーズは、今現在、中国共産党がその野心を抱いていることを匂わせます。
インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国などに迷惑をかけたと言いながら、被害をかってに膨らませて反日政策をとる中韓は最後についでのように置いています。親日の台湾を先に持ってくるのがささやかな抵抗。
女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードする」と宣言し、言外に韓国の米軍慰安婦・ベトナムでの女性への残虐行為を告発しているように思うのはうがち過ぎ?

我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります

この一文こそ強烈な中共・朝鮮へのパンチでしょう。日本は今更こんな当たり前のことを決意するような後進国ではありません。
韓国とは「価値観の共有」は大きく後退していることを外務省は明示しているし、人権蹂躙と侵略を現在進行形で行っている中共に対してメッセージしているようです。というか最大限の皮肉かな。

そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません

うん、ここが一番言いたかったことかしら。少なくとも安倍政権で謝罪も賠償もしません、という宣言に聞こえます。テレビ朝日など売国に精を出すマスコミは、安倍首相にうまく肩すかしされてストレスがたまっているようです。

条約によって補償を終え、最終決着していることを何度も蒸し返し、謝罪と賠償のおかわりをし続ける中国・韓国には本当に困ったものです。まあ自業自得となるので高みの見物・・この言い方が悪ければ、不干渉で静観したいと思います。


もうウソと捏造で恥も外聞も無く被害者利権にたかる反日構造にはウンザリです。
日本人よ、いまこそ「歴史を直視」して、反日国家のウソをあばきましょう。北朝鮮系の挺対協とその仲間の元朝日新聞記者の植村、福島瑞穂ら被害者利権にたかる弁護士が嘘八百並べ、日本を貶めてきた事実こそ忘れてはなりません。
朝日の論説委員や福島瑞穂が談話を受けて「謝罪はもうしなくてよいというのは、加害者が決めることではありません!」と怒っていました。ふざけるな!と言いたい。慰安婦詐欺の立役者が!

金田さんの「ぶった斬り」を参考にしてください。

在日朝鮮人から見た韓国の新聞

そして安倍談話を批判一色で報ずる 腹立ちステーション。
   

Housute814

反省とお詫びをしなければならないのは、朝日さん、日本国民に対してですよ。
しばらく前からこの番組を見なくなって、ストレスが半減しました。

あの当時、「国策を誤った」のはその通り。
日本の敵はロシアでした。欧米と共通の敵である共産主義に対抗し、満州利権に固執せず、欧米と「集団的自衛権」を構築すれば抑止力になったのです。ユダヤ財閥と満州利権を分け合う暗黙の了解を日本が反故にしたため、ルーズベルトが「日本は裏切り者」として戦争に追い込んだのです。

敗戦の結果、まるで左翼の植民地となった日本で、今度は中韓をバックにした赤い反日活動組織が「集団的自衛権」に徹底反対しています。日本を守る最大の抑止力たる集団的自衛権に反対し、今度こそ日本を完膚無きまでに「敗戦」に追い込むために。その先にあるのは「天皇」打倒です。さもなくば男系を骨抜きにして日本人から血統を奪う。「反天連」のデモでは、ハングルの旗がひらめいていますね。沖縄の米軍基地反対でもハングルの横断幕が・・・。

日本が内部から脅かされている、おそろしいことです。

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安倍首相の「戦後70年談話」全文

安倍首相の「戦後70年談話」全文


[東京 14日 ロイター] - 安倍晋三首相が14日発表した戦後70年談話の全文は以下の通り。同日夕の臨時閣議で決定した。

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終戦七十年を迎えるにあたり、先の大戦への道のり、戦後の歩み、二十世紀という時代を、私たちは、心静かに振り返り、その歴史の教訓の中から、未来への知恵を学ばなければならないと考えます。

百年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、十九世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。

世界を巻き込んだ第一次世界大戦を経て、民族自決の動きが広がり、それまでの植民地化にブレーキがかかりました。この戦争は、一千万人もの戦死者を出す、悲惨な戦争でありました。人々は「平和」を強く願い、国際連盟を創設し、不戦条約を生み出しました。戦争自体を違法化する、新たな国際社会の潮流が生まれました。

当初は、日本も足並みを揃えました。しかし、世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった。こうして、日本は、世界の大勢を見失っていきました。

満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。

*************

そして七十年前。日本は、敗戦しました。

戦後七十年にあたり、国内外に斃れたすべての人々の命の前に、深く頭を垂れ、痛惜の念を表すとともに、永劫の、哀悼の誠を捧げます。

先の大戦では、三百万余の同胞の命が失われました。祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。終戦後、酷寒の、あるいは灼熱の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などによって、たくさんの市井の人々が、無残にも犠牲となりました。

戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、数知れず失われました。中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜の民が苦しみ、犠牲となりました。戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。

何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。一人ひとりに、それぞれの人生があり、夢があり、愛する家族があった。この当然の事実をかみしめる時、今なお、言葉を失い、ただただ、断腸の念を禁じ得ません。

これほどまでの尊い犠牲の上に、現在の平和がある。これが、戦後日本の原点であります。

二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。

事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。

先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、そう誓いました。自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら不戦の誓いを堅持してまいりました。七十年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱きながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります。

*************

我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。

こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります。

ただ、私たちがいかなる努力を尽くそうとも、家族を失った方々の悲しみ、戦禍によって塗炭の苦しみを味わった人々の辛い記憶は、これからも、決して癒えることはないでしょう。

ですから、私たちは、心に留めなければなりません。

戦後、六百万人を超える引揚者が、アジア太平洋の各地から無事帰還でき、日本再建の原動力となった事実を。中国に置き去りにされた三千人近い日本人の子どもたちが、無事成長し、再び祖国の土を踏むことができた事実を。米国や英国、オランダ、豪州などの元捕虜の皆さんが、長年にわたり、日本を訪れ、互いの戦死者のために慰霊を続けてくれている事実を。

戦争の苦痛を嘗め尽くした中国人の皆さんや、日本軍によって耐え難い苦痛を受けた元捕虜の皆さんが、それほど寛容であるためには、どれほどの心の葛藤があり、いかほどの努力が必要であったか。

そのことに、私たちは、思いを致さなければなりません。

寛容の心によって、日本は、戦後、国際社会に復帰することができました。戦後七十年のこの機にあたり、我が国は、和解のために力を尽くしてくださった、すべての国々、すべての方々に、心からの感謝の気持ちを表したいと思います。

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日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります。

私たちの親、そのまた親の世代が、戦後の焼け野原、貧しさのどん底の中で、命をつなぐことができた。そして、現在の私たちの世代、さらに次の世代へと、未来をつないでいくことができる。それは、先人たちのたゆまぬ努力と共に、敵として熾烈に戦った、米国、豪州、欧州諸国をはじめ、本当にたくさんの国々から、恩讐を越えて、善意と支援の手が差しのべられたおかげであります。

そのことを、私たちは、未来へと語り継いでいかなければならない。歴史の教訓を深く胸に刻み、より良い未来を切り拓いていく、アジア、そして世界の平和と繁栄に力を尽くす。その大きな責任があります。

私たちは、自らの行き詰まりを力によって打開しようとした過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる紛争も、法の支配を尊重し、力の行使ではなく、平和的・外交的に解決すべきである。この原則を、これからも堅く守り、世界の国々にも働きかけてまいります。唯一の戦争被爆国として、核兵器の不拡散と究極の廃絶を目指し、国際社会でその責任を果たしてまいります。

私たちは、二十世紀において、戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、そうした女性たちの心に、常に寄り添う国でありたい。二十一世紀こそ、女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしてまいります。

私たちは、経済のブロック化が紛争の芽を育てた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる国の恣意にも左右されない、自由で、公正で、開かれた国際経済システムを発展させ、途上国支援を強化し、世界の更なる繁栄を牽引してまいります。繁栄こそ、平和の礎です。暴力の温床ともなる貧困に立ち向かい、世界のあらゆる人々に、医療と教育、自立の機会を提供するため、一層、力を尽くしてまいります。

私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります。

終戦八十年、九十年、さらには百年に向けて、そのような日本を、国民の皆様と共に創り上げていく。その決意であります。

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