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2013年3月13日 (水)

古代イスラエルと日本の関係(4)シュメール人との 関係

もっと歴史を遡って気になるのは、チグリス、ユーフラテス川の間にあったシュメールと日本との関係。シュメール人が居たのはイラク・イランあたりで、その後アムール人が侵攻して古代バビロニア王国→イスラエル民族捕囚となる。

祇園祭りにどういうわけかイラクバグダッド宮殿とフクロウ?の旧約聖書を題材にした幕が登場したり、シュメール文明との接点が垣間見える。メソポタミア文明を築いたシュメール人は、なぜ忽然と消えてしまったのか。いや、消えてはおらず、その文明はペルシャに引き継がれている。


上記日本超古代王朝とシュメールの謎』によりますと、例のイラ・イラ戦争の折り、サダム・フセイン大統領が、バグダッド の官邸で戦闘情勢に対しての記者会見を行った際に、以下のようなエピソードがあったそうです。
 ヨーロッパの或る記者が、大統領の腕輪のデザインが十六菊花紋であるのを見て「大統領閣下、閣下が身につけておられる腕輪の紋章は、日本の皇室の物 とよく似ておりますが、何か日本と関係があるのですか?」 と尋ねたことがある様ですが、その時に、フセイン大統領は、こう答えたそうです。
あなたがたは古代メソポタミヤの歴史について、もっと勉強をしてほしい。この紋 章は我が国の祖先が、世界最古の文明を築いたシュメール王朝時代に用いていた、王家の紋章です

では、シュメール人と古代イスラエル人がどのように日本に関わっていくのか。
菊の紋章、シュメール文明の首都ウルの遺跡から発見された古代の楽譜が日本の雅楽にそっくりなこと、シュメール(sumer)が「スメラミコト」の語源ではないか等々、不思議な関わりがあるのは確かなので、んーーーっと考えていたら、旧約聖書に答えがあった。
アブラハムの正妻の子・イサクからイスラエルの民が増え、エジプト人の召使いに産ませた長男・イシマエルからアラブの民が夜空の星のように地に満ちた。つまりアブラハムを起点としてアラブ民族、古代ペルシャ、古代イスラエルは同根なのである。アブラハムを父とする兄弟の相克が今のユダヤ・イスラムの激しい戦いの因縁となっている。その同じ根っこが縄文時代の日本にすでに移入されていて、融合されているとしたら謎が解けるではないか。


アブラハムはカルディアのウルという地で産まれたとなっています。カルディアはシュメールと同じ意味であり、又 その首都「ウル」で誕生したという訳です。

次の段落に答えが書いてあった。一つ謎が解決してスッキリ。

◆日本人シュメール起源説

シュメール文明との類似に注目して、日本人シュメール起源説もある。


三島敦雄氏
「スメ(皇)、スメラ(天皇)とは古代バビロニア語のスメル(Sumer)と同語で、ル、ラは助辞の変化、シュメールとも発音された。このスメとは神の意で、ラテン語のスメ(Summae)も至上至高の意で同系語である。スメ(皇)をすべ(統)の意に解して“統制”の意にするのは、はなはだしい間違いで、天皇=神であり、スメル国は皇(スメ)国と一致して神国ということなのだ。また、スメラギとはスメル、アグ(AK)の複称であり、ミコト(尊、命)、ミカド(天皇)の言語はミグト(Migut)の転訛で“天降る開拓者”すなわち神ということ。明津神とは、シュメール語の日神ウツ(Ut)の御子たる火神アグの権化として、この国土に降りたまわったのだ。」

すなわち、三島氏によれば天皇の古語はすべてシュメール語で解釈でき、いずれも“天から降られた神”を意味している。とすれば、古代の日本に天皇をいただいて天降った(=渡来した)民族は、シュメールの王族とその民だった──ということになる。

また、古代バビロニアの日像鏡、月像の首かざり、武神のシンボルである剣は、日本の三種の神器に一致し、古代バビロニアに多く見られる菊花紋は旭日を美術化したもので、皇室の菊花紋章に一致する──とも指摘して、証拠を次々に突きつけている。

4000年前に忽然と姿を消したシュメール人、果たして日本に渡来したのはいつ頃だったのだろう。今から3万年前、なんて言うとちょっとオカルトの世界になってしまうが、天の鳥船を駆使する先進文明を築いていた白山王朝に侵攻したのはシュメール人だったのかな・・・。文明国を滅ぼすのは、野蛮人には無理だから。

●ただ、三島氏は日本に渡来したのはシュメール人だけではない、と考えていた。彼は大陸の東端にある日本列島には、様々な民族が渡来・漂着していたことにも注目していた。たとえば倭人派は前インドのクメール族であり、隼人派と前出雲派はマラヤ・ポリネシヤ族、後出雲派は朝鮮ツングース族などである。

ああ、すごく納得できる。
玉置神社には秘仏が隠されているそうで、霊視するとなんとモヤイ像にそっくりだという。DNAから考察しても、日本はポリネシアとは因縁がありそうだ。被災地にモヤイ像が贈られたというニュースがあったが、心情的に近しいものがあるのかしら。
後出雲族が朝鮮ツングース(高句麗系)というのもうなずける。出雲の男性を使役して生き埋めにして人柱にするなど、残虐非道な統治者には、穏やかな信仰心のかけらもなかったのだろう。太陽神の天照大神であるはずはない。--出雲が虐げられたのはいつの時代かはわからないけれど。

結局、三島氏の日本人シュメール起源説を要約すると、次のようなものになる。「古代の日本列島にはさまざまな民族が渡ってきたが、建国の大業を経営統一した中心人種は、世界の諸文明の祖であるシュメール系民族だった。彼らは今から数千年前その大宗家たる皇室を奉戴して、人類文明の揺りかごである西の豊葦原の瑞穂の国から、日出ずる豊葦原の瑞穂の国に移住し、シュメール人本来の大理想を表現するためにこの日本を築いた」……と。

シュメール人→アブラハム→アラブ・ペルシャ・イスラエル→失われた部族が世界に散ってヤマトの国に渡来。信仰を土台とする理想的な君主国家を作る。ここまでの結論である。

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