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2013年2月17日 (日)

資料(1)歴代天皇系譜(2)日本史年表

●資料 (1)歴代天皇一覧
参照:神々の国しまね 太陽王朝の系譜より
‥‥女性天皇はWikipedia
‥‥天武天皇より前は大王(おおきみ)と称した。

1:神武天皇前660-前585 / 2:綏靖天皇前581-前549 / 3:安寧天皇前549-前511 / 4:懿徳天皇前510-前477 / 5:孝昭天皇前475-前393 / 6:孝安天皇前392-前291 / 7:孝霊天皇前290-前215 / 8:孝元天皇前214-前158 / 9:開化天皇前158-前98 / 10:崇神天皇前97-前30 / 11:垂仁天皇前29-70 / 12:景行天皇71-130 / 13:成務天皇131-190 / 14:仲哀天皇192-200
追記:仲哀天皇は、成務天皇の御子ではなく、成務天皇の弟・日本武尊の御子だった

<古墳時代>
15:応神天皇270-310(母・神功皇后) / 16:仁徳天皇313-399 / 17:履中天皇400-405 / 18:反正天皇406-410 / 19:允恭天皇412-453 / 20:安康天皇453-456 / 21:雄略天皇456-479 / 22:清寧天皇480-484 / 23:顕宗天皇485-487 / 24:仁賢天皇488-498 / 25:武烈天皇498-506 / 26:継体天皇507-531 / 27:安閑天皇531-535 / 28:宣化天皇535-539 / 29:欽明天皇539-571 / 30:敏達天皇572-585 / 31:用明天皇585-587 / 32:崇峻天皇587-592

<飛鳥時代>
33:推古天皇(第29代欽明天皇の皇女、第30代敏達天皇の皇后)592-628 / 34:舒明天皇629-641 / 35:皇極天皇(敏達天皇の男系の曾孫、第34代舒明天皇の皇后)642-645 / 36:孝徳天皇645-654 / 37:斉明天皇(皇極天皇の重祚)655-661 / 38:天智天皇661-671 / 39:弘文天皇671-672 / 40:天武天皇673-686 / 41:持統天皇(第38代天智天皇の皇女、第40代天武天皇の皇后)686-697 / 42:文武天皇697-707

<奈良時代>
43:元明天皇(天智天皇の皇女、皇太子草壁皇子(天武天皇皇子)の妃)707-715 / 44:元正天皇(草壁皇子の娘、生涯独身)715-724 / 45:聖武天皇724-749 / 46:孝謙天皇(第45代聖武天皇の皇女、女性天皇の中で唯一皇太子からの践祚、生涯独身)749-758 / 47:淳仁天皇758-764 / 48:称徳天皇(孝謙天皇の重祚)764-770 / 49:光仁天皇770-781

<平安時代>
50:桓武天皇781-806 / 51:平城天皇806-809 / 52:嵯峨天皇809-823 / 53:淳和天皇823-833 / 54:仁明天皇833-850 / 55:文徳天皇850-858 / 56:清和天皇858-876 / 57:陽成天皇876-884 / 58:光孝天皇884-887 / 59:宇多天皇887-897 / 60:醍醐天皇897-930 / 61:朱雀天皇930-946 / 62:村上天皇946-967 / 63:冷泉天皇967-969 / 64:円融天皇969-984 / 65:花山天皇984-986 / 66:一条天皇986-1011 / 67:三条天皇1011-1016 / 68:後一条天皇1016-1036 / 69:後朱雀天皇1036-1045 / 70:後冷泉天皇1045-1068 / 71:後三条天皇1068-1072 / 72:白河天皇1072-1086 / 73:堀河天皇1086-1107 / 74:鳥羽天皇1107-1123 / 75:崇徳天皇1123-1141 / 76:近衛天皇1141-1155 / 77:後白河天皇1155-1158 / 78:二条天皇1158-1165 / 79:六条天皇1165-1168 / 80:高倉天皇1168-1180 / 81:安徳天皇1180-1185

<鎌倉時代>
82:後鳥羽天皇1183-1198 / 83:土御門天皇1198-1210 / 84:順徳天皇1210-1221 / 85:仲恭天皇1221 / 86:後堀河天皇1221-1232 / 87:四条天皇1232-1242 / 88:後嵯峨天皇1242-1246 / 89:後深草天皇1246-1259 / 90:亀山天皇1259-1274 / 91:後宇多天皇1274-1287 / 92:伏見天皇1287-1298 / 93:後伏見天皇1298-1301 / 94:後二条天皇1301-1308 / 95:花園天皇1308-1318 / 96:後醍醐天皇1318-1339

<南朝>
97:後村上天皇1339-1368 / 98:長慶天皇1368-1383 /99:崇光天皇1348-1351 / (4):後亀山天皇1383-1392

<北朝>
(1):光厳天皇1331-1333 / (2):光明天皇1336-1348 / (3):崇光天皇1348-1351 / (4):後光厳天皇1352-1371 / (5):後円融天皇1371-1382 / (6)/100:後小松天皇1382-1421

<室町時代>
101:称光天皇1412-1428 / 102:後花園天皇1428-1464 / 103:後土御門天皇1464-1500 / 104:後柏原天皇1500-1526 / 105:後奈良天皇1526-1557 / 106:正親町天皇

<江戸時代>
107:後陽成天皇1586-1611 / 108:後水尾天皇1611-1629 / 109:明正天皇(第108代後水尾天皇の皇女、生涯独身)1629-1643 / 110:後光明天皇1643-1654 / 111:後西天皇1655-1663 / 112:霊元天皇1663-1687 / 113:東山天皇1687-1709 / 114:中御門天皇1709-1735 / 115:桜町天皇1735-1747 / 116:桃園天皇1747-1762 / 117:後桜町天皇(第115代桜町天皇の皇女、生涯独身)1762-1770 / 118:後桃園天皇1770-1779 / 119:光格天皇1779-1817 / 120:仁孝天皇1817-1846 / 121:孝明天皇1846-1866

<明治以降>
122:明治天皇1867-1912 / 123:大正天皇1912-1926 / 124:昭和天皇1926-1989 / 125:今上天皇1989-現在


◆資料 (2)日本史年表

参照:がんばれ凡人!


<縄文時代>
 
約1万年前から紀元前3世紀ごろまでの約8000年間。 
1万年前ごろになると、気候が暖かくなって海面が上昇し、今のような日本列島ができた。 
縄文土器(縄目の模様がないものもある。黒ずんだ色が特色) 
打製石器・磨製石器・骨角器。 
狩りや漁のくらし(弓矢の発明)、貝塚(福井県の鳥浜貝塚)が残っている。 
たて穴住居、土偶。 
青森県の三内丸山遺跡(縄文時代についての新たな発見)。 
住居の作り方や墓地が共同であったことから考えて、身分や差別はなく、貧富の差もなかった。 
  
<弥生時代> 
紀元前3世紀ごろから3世紀ごろまでの500~600年間。 
大陸から米づくりの技術が伝わる。 
静岡の登呂遺跡・・・・たて穴住居、高床式倉庫、石ぼうちょう、木製農具。 
佐賀県の吉野ケ里遺跡。 
弥生土器、青銅器、鉄器、銅鐸。 
社会の変化 → 定住生活、貧富の差、身分の差。 
「むら」から「くに」へ。
力のあるむらのかしらは、豪族となって小さなくにを支配した。

参照:弥生人はどうして日本に来たか
<人類学的考察>
① 縄文人のDNAは,現在のアイヌ人のそれと完全に一致した。アイヌ人とは,先住縄文人が追い詰められて残った人々であった(縄文人のDNAは、ロシアバイカル湖畔に今も住むブリアート人と同じであった。縄文人とはブリアート人がマンモスを追って氷結した海を渡って日本列島に移住した人々であった)
② この事実から,平安時代までいたとされる熊襲・蝦夷・粛慎と呼ばれた人達も,先住縄文人の末裔と考えてよい
→弥生人が,日本を侵略した可能性は高い

<秦の考察>
① 日本の弥生時代の始めは,中国では春秋戦国時代後期にあたる。春秋戦国時代は,紀元前770年から秦が統一する前221年まで続いた。
② 合従連衡で秦に対抗していた趙の捕虜40万人を,一夜にして坑埋めで虐殺した“長平の戦い”があったのは,前262年である。
③ 秦の人口は2000万人といわれる。これから考えると紀元前3世紀の中国全土の人口は,4000万人程度と思われる。
④ 雑穀の農耕が始まったのは前5000年の仰韶(ぎょうしょう)文化からで,秦時代には米作が広く行なわれていた
⑤ 秦時代には,三星堆や殷にみられる青銅器からさらに進んで鉄器時代となっていた。また組織化された強大な軍隊をもっていた。
→秦は偉大な文明を築いていた。また秦の統一と弥生人出現とは奇妙に一致する
(管理人感想)弥生人侵略の痕跡が発掘されたとのニュースがあった。それは残虐なもので、一人の背中に矢が何本も刺さっていた等、読んだことがある。抗埋めで虐殺する方法は、出雲に侵略してきた渡来人の残虐な統治手法と同じである。年代的に秦との戦いに敗れた大陸人(斉または楚)が弥生人だったのかもしれない。

追記:どうも縄文時代も「戦国時代」の様相であったらしい。必ずしも縄文人vs.渡来人と断定はできない。
57 奴国王が中国(後漢)に使いを送り、中国の光武帝が金印を授ける。 
107 倭の国から使者を後漢に送り、交わりを始める。 
150 このころ倭の国に大乱が起こる。 
239 邪馬台国の卑弥呼が中国(魏)に使いを送る。邪馬台国は30余国を支配。 
 
<古墳時代>
285 漢字が中国から伝わる。 
350 このころ、大和朝廷が国内をほぼ統一する。 
大和朝廷は、大王(おおきみ)(のちの天皇)を中心とした豪族の連合政権。氏と姓にもとづく政治→氏姓制度 
(古墳文化) 
各地に古墳がつくられる(前方後円墳・円墳・方墳)。大阪府堺市の仁徳陵古墳(大山古墳)は日本最大。前方後円墳は日本独特の形。埴輪。 
391 大和朝廷の軍が朝鮮で高句麗と戦い、任那に日本府を設ける。 
このころ、朝鮮からの渡来人が多く、百済から織物・彫刻・陶芸などの技術が伝わる。 
421 倭王讃(仁徳天皇?)が、宋に使者を送る。 
538 百済から仏教が伝わる(552年の説もある)。 
562 任那の日本府がほろぶ。
551頃 蘇我馬子生まれる
 
<飛鳥時代>
574 聖徳太子の誕生。
587 蘇我氏が物部氏を滅ぼす。豪族の争い。 
589 隋(ずい)、中国を統一。 
593 聖徳太子が推古天皇の摂政となる。 
蘇我馬子と協力して、天皇中心の政治をうちたてようとした。 
大阪に四天王寺を建てる。 
594 推古天皇が仏教を盛んにする詔を出す。 
603 冠位十二階を定める。 
家柄(氏や姓)に関係なく、能力重視の人材登用をすすめた。 
604 十七条の憲法を定める→朝廷につかえる役人の心得。 
607 小野妹子を隋に送る(遣隋使)。 
奈良に法隆寺を建てる ・・・ 飛鳥文化の代表(仏教中心の文化)
現在残っている世界最古の木造建築。
614 藤原鎌足生まれる 
618 唐、中国を統一。
622 聖徳太子が死去。
626 天智天皇生まれる 
630 遣唐使の派遣 894年までの間、10数回送られる。 
645 大化の改新
645 持統天皇生まれる
聖徳太子がなくなると、朝廷では蘇我馬子の子の蘇我蝦夷と蘇我入鹿が権勢をふるう。中大兄皇子が中臣鎌足と協力し、蘇我入鹿を殺し蘇我氏をほろぼす。中大兄皇子は皇太子となって新しい政府をつくり、政治の改革をはじめる → 公地公民の制、班田収受の法など。
659 藤原不比等生まれる
660 唐からの援軍を得て、新羅が宿年の怨敵であった百済を滅ばした。
660 山上憶良生まれる
663 白村江(はくすきえ)の戦い
新羅と唐が結んで百済を攻めたため、日本が百済を助けて朝鮮に出兵した。日本軍は敗れ、朝鮮半島から手を引き、北九州の守りをかためた。 
667 大津宮に都を移す。
668 行基生まれる。 
668 中大兄皇子が即位、天智天皇となる。
わが国最初の法典(近江令)やわが国最初の戸籍(庚午年籍)をつくる。 
671 天智天皇が死去。 
672 壬申の乱 
皇位の後継ぎ問題、弘文天皇→大海人皇子が天武天皇となる。
新羅が高句麗を滅し(668年)、百済の旧地をも併合した直後に、日本史上もっとも親新羅的であった天武王朝が始まる。
688 鑑真生まれる
694 持統天皇が飛鳥の藤原京に都を移す。
700頃 道鏡生まれる
701 大宝律令の制定。
701 聖武天皇生まれる
文武(もんむ)天皇のとき、刑部親王と藤原不比等らの編さんによる法典が完成。
701 光明皇后生まれる
708 和同開珎がつくられる。 

<奈良時代>
710 平城京に都を移す。 
元明天皇が唐の長安(今のシーアン)にならって、現在の奈良市の西に平城京をつくる。
「あをによし 奈良の都は さく花の にほふがごとく 今さかりなり」(万葉集) 
712 古事記ができる。 
稗田阿礼、太安万侶らによる日本最古の歴史書。 
713 国ごとに「風土記」の編さんを命じる(日本最古の地理書)。 
718 藤原不比等らが「養老律令」をつくる。
718頃 大伴家持生まれる
720 日本書紀ができる。 
舎人親王、太安万侶 
723 三世一身の法が出される。 
土地の開墾の奨励のため。班田制がくずれる。 
724 聖武天皇が即位する。 
729 聖武天皇が藤原不比等の娘を皇后とする(光明皇后)。 
730 奈良の興福寺に悲田院・施薬院をもうける。 
741 国分寺・国分尼寺の建設がはじまる。
737 桓武天皇生まれる
743 墾田永年私財法が出される。 
→ 律令制のくずれ、荘園の発生。 
752 東大寺の大仏ができる。天平文化がさかえる。 
多くの民衆と、僧行基の力を借りる。 
754 鑑真が来日。 
唐の高僧。6回目の船出で日本にたどり着く。
奈良に唐招提寺を建てる。 
756 東大寺の宝庫、正倉院ができる。 
聖武天皇の遺品などを保存、校倉造り。
758 坂上田村麻呂
759 万葉集ができる。 
日本で最も古い歌集、大伴家持らによって編さんされる。 
765 僧の道鏡が太政大臣禅師となり、権力をふるう。 
僧の力の台頭、政治に口出し。
767 最澄生まれる
770 道鏡が下野(しもつけ)(栃木県)に流される。 
阿倍仲麻呂が唐で客死する。
774 空海生まれる
781 桓武天皇が即位。 
784 長岡京に都を移す。

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