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2013年2月11日 (月)

財金分離を逆手にとって日銀支配を続ける財務省

財金分離について、民主党は基本的に理解していない。マクロ経済を財務省御用聞き議員に任せていたら大変なことになる。野田前総理の唯一の功績は、皮肉なことだが、日本経済のきわどい瀬戸際で総選挙に突入してくれたことだ。そして日本にとってラッキーだったのは、石破氏ではなく安倍氏が自民党総裁選に勝ち、総理大臣になったこと。私としては経済・財政・金融政策をすべてみんなの党に任せたいところだが、致し方ない。

時事通信 2月9日(土)15時49分配信

 民主党の細野豪志幹事長は9日、静岡市内で講演し、日銀総裁人事について「アベノミクス(安倍晋三首相の経済政策)の本質は日銀に政府が強い圧力をかけることだ。そのときに国債購入をこれ以上増やすことはできないと判断できる総裁を選ばないと、財政や金融が深刻な状況に陥る可能性がある」と指摘し、日銀の独立性を担保できる人物が望ましいとの考えを強調した。

日銀に政府が強い圧力をかける」とは、「日銀の独立性を脅かす」という意味だろう。「国債購入をこれ以上増やすことはできないと判断できる総裁を選ばないと、財政や金融が深刻な状況に陥る可能性がある」とは、金融緩和による日銀のバランスシートを心配しているわけだ。民主党がどちらを向いて仕事をしているか、この短いコメントの中から読み取れる。

そもそも日銀の独立性が金融緩和の歯止めの言い訳に使われることが間違っている。経済政策は財金一体のものだから、目的を政府と日銀が共有するのは当たり前のこと。デフレで金融緩和するべきなのは、いろはの「い」。小泉-安倍政権で緩和策を採ったが、すぐ引き締めてしまい、再び長いデフレ-円高に悩まされることになる。



日銀の独立性を担保することとなった財金分離とは一体何だったのか。
コトバンク「財金分離

国の金融当局が、財政当局からの独立性を保ちながら金融政策を行うべきだとする考え方。政府や財政当局は、税収増や景気浮揚を目指してインフレを許容する政策を採用しがちだが、中央銀行はそうした圧力の影響を受けることなく物価の安定や信用秩序の維持を目指すべきだとされる。日本では、平成10年(1998)に改正日銀法が施行され、内閣による日銀総裁の解任権がなくなり、当時の財政当局である大蔵省(現、財務省)から金融監督庁(現、金融庁)が分離した。

そのきっかけはノーパンしゃぶしゃぶ接待に見られるように、監督官庁の大蔵省官僚と銀行側との癒着にあった。そこで金融監督は別組織にすべきだというのが始まりだった。護送船団行政からの決別である。金融庁が分離して、その後、反動で監査が厳しすぎるという批判もあった。

橋本行革に補佐官として携わった江田憲司氏の説明
まず、マクロ経済を知らない大蔵官僚が「金融機関を許認可でガチガチに縛り、その箸の上げ下ろしにまで口を出していた
金融界の隠蔽体質(不良債権を積み上げた背景)を放置できず、スキャンダルを追い風に改革に着手した。
ところが、「財政と金融が分離されるなら『テロをも辞さない』とする、当時の大蔵省幹部の発言が報道されたことがあった」。北海道拓殖銀行や山一証券が連鎖破たんしたこと等、大蔵省の思惑どおりのパニックが起きたものの、小渕内閣で改正日銀法が成立した。

しかし、財金一体のマクロ政策と金融監督としての独立性が一緒くたにされて議論されるのは、はなはだ不可解である。第一、日銀の独立性と言うなら、日銀総裁のポストはなぜ財務省と日銀の持ち回りだったのか。財務省は形は「分離」と言いながら、ちゃっかり日銀の首根っこを押さえている。「独立性」と言う場合、諸外国同様の「手段の独立性」だけ。

財務省は、独立性を逆手にとって、実質的に日銀を縄張りとし、国債買取りに歯止めをかけ、インフレにならないように目を光らせる。そして子飼いのオオカミ少年に「国債暴落するぞ」「ハイパーインフレ来るぞ」と叫ばせているわけだ。

「失われた20年」を取り戻すために、この「財務省独裁」をもう一度改革しなければならない。ゆえにみんなの党が率先して、日銀に目標達成の責任を持たせる体制を作ろうとしている。新たな日銀法改正が必要な理由である。

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