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2009年8月15日 (土)

国立追悼施設建設も靖国神社の特殊法人化も話にならない

追悼施設、衆院選の争点に=鳩山氏提唱、首相は特殊法人化-靖国問題

 民主党の鳩山由紀夫代表が靖国神社参拝問題の解決策として、新たな国立追悼施設の建設を提唱し、靖国をめぐる論議が再燃しつつある。追悼施設については小泉内閣当時に検討されたものの、自民党内で反発が相次ぎ棚上げとなった経緯があり、衆院選での争点となりそうだ。
 新たな追悼施設建設について麻生太郎首相は14日夜、首相官邸で記者団に「国民の合意を得られるかというところが一番問題だ。施設を造ったら靖国の話がなくなるのか。そんなに簡単にいかないのではないか」と疑問を呈し、鳩山氏とは一線を画した。
 追悼施設構想は、憲法が規定する政教分離に抵触することなく首相らが参拝できる施設を新設し、靖国問題の打開を図るもので、鳩山氏は12日、記者団に「取り組みを進めるとの思いで考えたい」と実現に意欲を示していた。
 同構想をめぐっては、2002年には福田康夫官房長官(当時)の下に設けられた私的懇談会が「国を挙げて追悼・平和祈念を行うための国立の無宗教の恒久的施設が必要」との報告書をまとめた。追悼施設建設には公明党も前向きだが、自民党内には「靖国神社の代わりにはならない」「税金の無駄遣い」といった反対論が強く、福田懇談会の提言は具体化していない。衆院選でも、追悼施設をめぐる民主党との論争が活発化する可能性がある。
 一方、首相は外相当時の06年に発表した靖国問題に関する見解の中で、靖国神社を現行の宗教法人から、設置法に基づいた特殊法人に変え、政教分離の問題に決着を付ける案を提唱。A級戦犯の分祀(ぶんし)問題などについては「国会が論議を尽くし決断」するとしている。
 ただ、首相の構想は、靖国神社が自発的に宗教法人の任意解散手続きを取る必要がある。神社側にはそうした意向がないことから、「麻生構想」の実現のめどは立っていない。新たな追悼施設が建設されたとしても、時の首相が靖国に参拝すれば中国の反発は必至とみられ、日中の火種が潜在し続ける状況は変わらないとの見方が大勢だ。(2009/08/14-22:55)

毎年、この時期になると繰り返し書いていることではあるが、何度でも書く。

あえて無宗教の追悼施設を作ろうとする政治家は、理由はもっともらしいことを言っているが、例外なく反日勢力の顔色をうかがっている。「政争の具になって騒がしいから参拝しない」という総理大臣もいるが、特定の勢力が「行かせまい」として騒いでいるのであって、「騒ぐから行かない」なら騒いだ者の勝ちである。「静かな環境で参拝するもの」と考えるなら、「静かにしろ」と一喝するのが筋ではないか。この総理大臣はそんな簡単な理屈もわからないのである。

靖国神社の松平宮司が抜け駆けのようにA級戦犯を合祀したのだという。たしかに厚生省から名簿を引き渡され、「靖国神社預かり」の懸案であったことが、国民的合意なくしていつのまにか合祀されていたことは事実であった。しかし、もともと国会の正式な手続きを経て、与野党合意のもとに戦犯らの名誉回復した経緯がある。名誉回復した者達をもう一度貶め、戦後60年以上もたってひっくり返そうというのか。死者にむち打つことは、日本人の感覚ではない。

いわゆるA級戦犯分祀論者は、神を畏れぬ者である。私にとっては、彼らのやろうとしていることは、仏壇の位牌を平気で投げ捨てるような感覚なのである。小沢一郎は、「A級戦犯の名前を霊璽簿から削っちゃえばいい、かんたん♪」と解決策を述べていた。このような政治家が総理大臣寸前まで行ったとは・・・。

靖国神社は英霊を顕彰しているのであって、今般言われるような慰霊とは違う。それゆえ新しい慰霊施設が靖国神社に代わるわけはないのである。まったく意味が違うものになってしまう。昭和天皇がどのような思いをもっていらしたにせよ、今上陛下も靖国神社には代拝の者を遣わしている。

また遺族に引き渡すことができない戦没者のために、皇族方も順番に詣ってくださる千鳥ヶ淵戦没者墓苑があるわけで、新しい施設がその代わりを果たせるはずもない。

第一、“慰霊”が無宗教でできるはずがない。
神と我々を取り次ぐ神官なくして正式な顕彰も慰霊もあり得ないことを知らなければならない。無宗教で慰霊ができるとこじつける輩は、唯物論に侵された者だけである。国に殉じた者を招魂社において神道で祀ることは、仏教の宗派などの対立を招かぬための日本人の知恵であった。普遍的に神道の心が空気のように日本人の血肉となっていたからである。

麻生氏の靖国神社特殊法人化も話にならない。

憲法改正して国家神道を復活させるというのなら、まだ話のつじつまは合うが、現状で国有にすれば政教分離の原則から無宗教にならざるを得ない。宮司は公務員になって、政治と信仰をどう折り合いをつけるのか。その前に、靖国神社に国税を投じることに靖国神社を毛嫌いする者達は納得するわけがない。

素朴な愛国心を語ることもためらわれるような日教組教育の果てに、自衛権すら“戦争放棄”の括りで戦争行為として忌避されてきた。防衛に関しては、いまだに思考停止状態である。わたしは大東亜戦争を美化しない。しかし、英霊を顕彰することと歴史認識は別問題である。それなのに靖国神社の魂を抜こうというのが「政教分離による国有化」なのである。麻生氏は考えが浅すぎる。守るべきものは守るのが保守の態度ではないか。

◆日々是語草◆
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