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2009年8月11日 (火)

保守右派は自縄自縛に陥っている(2)

<国家重視は保守の歴史認識に連動している>

田母神氏は国益を真に考えている立派な軍人だったと思うし、これからもがんばってほしいからこそ、抜け落ちている視点を何度か書いてきた。

日中戦争から日米開戦に至るまで、「欧米列強の植民地政策に対抗した自衛戦争」「植民地政策からアジア諸国を解放した」と断定的に定義することは、日本がどこで何を誤ったのかを学習する機会を失わせる。中国進出当時の認識は、欧米への自衛というより対露西亜政策であり、反共産主義に基づくものだった。対露戦争に備えるために満州の資源確保は最優先事項だったのである。結果としてアジア諸国の独立を勝ち取ったが、大きな爪痕も残したことを忘れてはならない。

「日本は何も悪くなかった」で終わってはいけないと思う。昨今の保守右派の一面的な善悪二元論は非常に危うい。

総理大臣の靖国参拝問題、慰安婦問題、外国人参政権の是非、移民問題を論じる時に、反日政策に起因する中国・朝鮮憎しの感情論だけでは、もっと奥底に潜む日本の病に気づくことはできないのである。

内政から目をそらせるために日本叩きを仕向ける中国共産党は確信的だが、日本では保守右派が自発的に「日本の病」から目を逸らして、中国・朝鮮を過剰に敵対視している。もちろん敵対視する理由はあるのだが、「中国と仲良くしたらダメ!」というような狭量さは何とかならないか。ネットでは、「移民」の「イ」の字を言っただけで、中国に日本が丸ごと乗っ取られるかのような被害妄想をまき散らしている。

そして“保守”はアメリカを決して許していない。本音では内向き一国単独主義に陥っているので、日本一国だけですべてが賄えると錯覚しているようである。彼らには芯があるようで、情緒的なノスタルジーの中に生きている夢見る人達なのである。

自民党の劣化、民主党の幼稚さ、政治の劣化はいかんともしがたい。

官僚機構は増殖の一途をたどり、志ある「国益重視」の官僚は真空パックのような状態に置かれている。高度成長期には「民族派」と「国際派」が霞ヶ関で対立したが、今は、組織の弊害を何とかしようとする「改革派」と組織防衛が目的化する「族官僚」が政治をさらに堕落させている。

霞ヶ関改革とは、官僚退治をしようとしているのではない。細川護煕氏は、最近の霞ヶ関バッシングを批判して「官僚退治しようというのは愚の骨頂」と語っていた。引退した細川氏が何と言おうと、省益あって国益なしの組織の制度疲労が限界に来ているのである。

<田母神氏の歴史認識は大川周明史観>

田母神史観に諸手を挙げて賛成する保守右派は、「諸君!」(休刊)「正論」の読み過ぎではないか。私が思うに、彼らは大川周明の「米英東亜侵略史」そのままの歴史認識である。佐藤優氏の著作で米英東亜侵略史を読んだ時、私自身も読後に反米感情がふつふつとわき起こってきたほどであった。

ところが、どうしても違和感を覚えるのは、なぜ戦争に追い込まれていったのか、その元凶となる日中戦争に対する考察が抜けている。軍官僚が主導した中国進出は、間違いなく資源獲得のためのアグレッシヴウォーであった。日本と英米の満州における権益衝突が直接の原因であったわけだが、関東軍は天皇の御心を無視して戦線拡大した。

右翼団体を結成した大川は、米国への憤りをあらわにしながら、張作霖事件もコミンテルンの陰謀とし、国民の総意として満州事変に向かわせたという、関東軍を鼓舞するような論文になっている。当時の国民感情としてはそうなのだろうが、張作霖爆殺事件を引き起こしたのは、関東軍の内部対立によるものである。今に至るも同じ憤りをなぞっている平成の徒がいることが信じられない。

極右思想の大川にとっては、大東亜戦争とは天皇陛下が率いる「聖戦必勝を信じて疑わぬ」ものであったのだ。まさしく大川の思想は田母神氏まで引き継がれている。寸分違わずと言っていいほどである。

史実を客観的に俯瞰すると、当時の覇権主義の思想性の強い軍官僚が、パリ条約に基づく外交努力を優先した政治と対立し、関東軍の独断でアグレッシヴウォーを仕掛けたのであった。その反省からシヴィリアンコントロールの概念が出てきたのである。それも最初は通訳が理解できず、文民統制ではなく、文官統制と訳された。まるで今日の防衛省の背広組と制服組の対立を予感させるようだ。もちろん文民統制とは内局による統制ではなく、政治による統制である。

<保守右派のジレンマ>

「自虐史観からの脱却」の一方向から政治、外交を見る保守論客やネットウヨクは、大川周明史観とでも名付けたいほどに「米国の陰謀」「日本は何にも悪くない」からスタートしているので、官僚による中央集権統治が行き詰まりを起こしていることは目に入らない。右派は「自衛戦争」を美化する心情があるので、今日まで続く戦時体制もそのまま疑問もなく受け入れているのである。

北朝鮮に対するのと同じように「アメリカの圧力には屈しない」と強硬な発言をしていれば“保守の鑑”だと思っているようだ。政治家が「核武装」に言及すれば、まるでヒーロー扱いである。中川昭一氏しかり、麻生氏しかり。核廃絶決議案を毎年国連に出している日本の立場はどうなるのだろう。核武装の是非はともかく、政治家として核廃絶の日本のスタンスと核武装論の整合性のある説明をしていただきたい。

ただし麻生首相のこの発言は現実に即したものである。米国の核の傘は必要悪として存在する。

首相の「核の傘」必要発言、撤回要求へ 長崎の被爆者
2009年8月9日5時25分

 麻生首相が「核の傘」が必要との認識を6日に示したことに対し、長崎原爆被災者協議会(谷口稜曄(すみてる)会長)は「被爆国の首相としてあるまじき発言」だとして、撤回を求める方針を決めた。長崎原爆の日の9日、被爆者団体の要望を首相に伝える場で、谷口会長が要求する。

 首相は広島原爆の日の記者会見で、日本が米国の「核の傘」に守られている現実について「核で攻撃しようという国が隣にある。抑止力を持つ米国と同盟を結んでいる現実を踏まえないと。一方的に誰かがやめたら相手もやめてくれるという世界ではないと思う」などと述べた。

戦争放棄と敵基地攻撃、核廃絶と核抑止力保持、専守防衛と集団的自衛権行使、日本はいつまで解釈論と建前論の使い分けでごまかし続けるのだろうか。

◆日々是語草◆
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